最終話後編 バンド解散、そして
最後のミーティングは、神崎先輩の一声から始まった。
「文化祭のステージを成功に導くという目標は、見事に達成することができました」
実際大葉さんが希望した目的は「文化祭のステージに立つ」だった。
その目的は、バンドという形を得て「文化祭のステージを成功させる」に進化した。
昨日のあの盛り上がりならば、目標は達成とみて差し支えはないだろう。
いちばん盛り上がったのは歌以外のシーンだったようだけれど、思い出すと顔が熱くなるので今はなるべく思い出したくない。
神崎先輩に促された大葉さんは立ち上がって、深く頭を下げる。
「みなさんのおかげ、です。本当に、ありがとう、ございました」
「やめてくれよ〜オレっちみんな、オバケさんのファンだからさ」
ゴリチョはいつものゴリチョらしく、大きめの声で笑い飛ばす。
その横で神崎先輩も深く頷いている。
「そうですわね。
「お嬢、そんな最後みたいなこと言わないでくれよ!」
「ゴリチョ。待て、ですわ」
立ち上がって神崎先輩に詰め寄ろうとするゴリチョを、当の神崎先輩は笑顔で黙らせた。
「良いですかゴリチョ。
「でも……」
俯くゴリチョの気持ちはわかる。
しかし俺たちは高校生。
そして高校生には大きな目標がある。
「ゴリチョ。神崎先輩は大学受験があるのに、今までメンバーでいてくれたんだ。その気持ちも考えるんだ」
言い含めるよう
「……しょんないな。お嬢、本当にありがとな。ウドっち、新しいバンドを作る気になったら、絶対声かけてくれよな」
「ああ、ベースを探す手間が省けて助かる」
俺にとって、これだけ悪態をつけるクラスメイトは、こいつだけだな。
てか、もうゴリチョじゃなくて酒井と呼ぶほうがいいのか。
「……酒井」
「だー、やめてくれよ! 今までみたいにゴリチョでいいって。てか、これはオレの罰なんだから、ずっとゴリチョって呼んでくれよ」
「わかった。ありがとうな、佐々木」
「久しぶりに名前間違えやがったな。懐かしいじゃねーか」
ゴリチョが俺の肩を粗雑に抱く。
暑苦しい。が、当初ほどは嫌ではない。
そのままゴリチョは、大葉さんに顔を向けた。
「大葉さん、嫌なことをしようとした俺を許して、バンドに入れてくれて、ありがとな」
「そんな……ゴリチョくんのベース、素敵、でした」
「素敵、か。嬉しいもんだな、自分の音を褒められるって。なあ、ウドっち!」
「知るか。それより離せ。暑苦しいんだよバカゴリチョ」
「もっときつく抱いてやろうか」
「断固拒否する」
ったく、最後までお調子者だな。
しかし俺の肩を離したゴリチョは、神崎先輩に真面目な顔を向ける。
「……お嬢、バカなオレを見離さずに叱ってくれて、嬉しかった」
「ふふ、
え。なんだこの、ちょっと甘い空気。
てかゴリチョと神崎先輩、見つめ合ってるし。
もしかしたら。
などと邪推していたら、ゴリチョは大葉さんと俺に顔を向けてきた。
「さて。じゃあな、また明日、教室で」
「ああ」
ゴリチョはゴリチョのまま、ひとりで第二音楽室を出て行った。
次に大葉さんと俺の前に立ったのは、神崎先輩だ。
「大葉さん、
いつもの凛とした神崎先輩だけど、少し雰囲気は柔らかい。
その柔らかさのまま、神崎先輩は深く頭を下げてくる。
「
頭を上げた神崎先輩の目は、水気を帯びて見える。
そういえばバンド結成当初に神崎先輩は言っていたな。
『青春の思い出が欲しい』
と。
果たしてその望みが充分に叶えられたのかは、俺にはわからない。
けれど演奏を終えた神崎先輩の顔は、いつも笑顔だった気がする。
あと、ゴリチョをいじる時も笑顔だったか。
神崎先輩は、もう一度大葉さんと俺に頭を下げる。
「あなたたちの青春に、
「こちらこそ、神崎先輩にはたくさん助けられました」
素直な気持ちだった。
神崎先輩なしでは、いくら個々の能力があったとしても解散を惜しむくらい良いバンドにはならなかった。
俺はもちろん大葉さんも、そう思っているはずだ。
「神崎しぇんぱい……ありがとぅ、ござい……ぅぅ」
頭を下げる俺の横、大葉さんはすでに涙をポロポロと流していた。
そんな大葉さんを、神崎先輩は包むように抱きしめた。
「大葉さん、泣かないで。
そうだ。
来年の三月までは同じ高校にいて、お互いの連絡先も、家も知っている。
なのに、やはり悲しい気持ちになる。
ぽんぽんと大葉さんの背中を叩いた神崎先輩は、俺に向き直る。
「……さて、
「え」
ちょ、神崎先輩!?
神崎先輩は振り返ることなく、第二音楽室を後にした。
そして。
大葉さんと俺だけが残された第二音楽室。
十一月になったばかりとはいえ、夕暮れは早くなっている。
「大葉さん、そろそろ俺たちも……え」
上着の裾が、後ろに引かれた。
「
振り向くと、大葉さんは俺を見つめていた。
「
「……それは違う」
「え」
「大葉さんが、俺に声を掛けてくれた。すべてはそこから始まったんだ」
あの時、この第二音楽室で大葉さんに出会わなければ。
あの時、大葉さんがゴリチョを許さなけれれば。
あの時、あのスタジオで大葉さんが歌声を響かせなければ。
すべては、大葉さんの行動が発端だった。
だから。
「
それだけは譲れない。
最初は小さな行動だったかも知れない。
けれどもその行動が、勇気が、大葉さんの夢をバンドという形に昇華させた。
「神崎先輩やゴリチョだけじゃない。夏祭りで足を止めてくれた人たちも、その後のライブの観客も、ぜんぶ、大葉さんが起こした行動の結果なんだ」
俺を見つめる大葉さんの眼鏡の奥で、大きな瞳が潤んでいる。
まいったな。泣かせるつもりなんて無かったのに。
「俺さ、こんなにしんみりとバンドをやめるの、初めてなんだ」
これまでの俺は、バンドに加入しては辞める、その繰り返しだった。
目標が違う。方向性が違う。
そんな尤もらしい理由を振りかざすだけの、ガキだった。
「こんなに切ないバンドの終わり方もあるんだな。大葉さんと出会えなきゃ、知らないまんまだったよ」
大葉さんは、俺を見つめて微笑む。
「ふふ、
「大葉さんだって、目が赤いよ」
「だって、本当に楽しかったから」
「そうだな。俺もだ」
楽しかった。
ゴリチョも神崎先輩も、高校生のレベルを超えた演奏者だ。
大葉さんに至っては、俺が大好きなネットの歌姫だった。
そんなメンバーと演奏できることが、本当に楽しかった。
……いや、それだけじゃない。
俺をここまで引っ張ってくれたのは。
大葉さんの笑顔だ。
大葉さんの喜ぶ顔が見たかったから、頑張れた。
すべては、大葉さんのためだった。
それは言い訳じゃなく、すべての出発点。
大葉さんだから、俺は頑張れた。
いつしか大葉さんを見つめていた俺に、大葉さんは顔を真っ赤にして近づいてくる。
「ねえ、
「ん?」
「て、て、て、手を、繋いでも、いいでしゅか」
突然の申し出に、俺は固まってしまう。
差し出された大葉さんの右手を見つめると、その手の白さ、細さを再認識してしまう。
いいのか?
「お、お手柔らかに」
上目遣いで見つめる大葉さんに、俺の選択肢は頷くしかなかった。
俺の大好きな歌姫、大葉さんの手は、柔らかかった。
「
「ギター弾くヤツの左手の指は、こんなもんだよ」
「そうなんですね。ふふ、かたい」
手を繋いだまま音楽室を出て、校舎を出る。
周囲の目があったら、こうして手を繋いで校庭を歩くことはない。
大葉さんも俺も、目立つのは嫌なんだ。
しかし。
明日からはそうはいかないだろう。
大葉の歌唱力は周知の事実となって、その大葉さんに俺は、みんなが見ているステージで告白されたんだ。
その大葉さんの勇気に報いることが出来る男に、俺はならなきゃいけない。
ずっとずっと大葉さんの隣にいるには、それが必要なんだ。
俺の手を握ってくれる、この小さくて少し冷たい手が、いつまでもここにあるように。
大葉さんが、ずっと笑顔でそばにいてくれるように。
了
歌姫オバケとの出会いから始まる俺の青春協奏曲 若葉エコ(エコー) @sw20fun
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