最終話前編 最後のミーティング
文化祭明けの月曜日。
どうやって帰ったかわからない自分の部屋。
スマホの着信で目が覚める。
時計を見ると、朝9時を過ぎている。
慌てて飛び起きるが、今日は文化祭の代休だ。
なんとなく恥ずかしくなって、ベッドに腰を下ろして、溜息を吐く。
そういえばと、鳴っていたスマホを見る。
『午後二時、反省会を兼ねた最後のミーティングを行います。場所は──』
神崎先輩からのメッセージだった。
カーテンから覗く窓の外は、青空だった。
午後二時。
指定された場所は、高校の第二音楽室だ。
文化祭の代休のせいか、校内には誰もいない。
椅子を引っ張り出して座っていると、スマホが震える。
メッセージだ。
『所用で行けなくなりました 神崎』
なんともそっけないが、メッセージでの神崎先輩はだいたいこんな感じだ。
しかし今までドタキャンだけは絶対しなかったのに。
それに他のメンバーはどうしたんだ。
ゴリチョなんて、嫌がらせのようにいつも一番乗りなのに。
それに、大葉さん。
名前を思い浮かべただけで、顔面の温度が上がる気がした。
正直、いま大葉さんとふたりっきりになるのは、非常に良くない。
いくら気持ちを伝え合ったといっても、それだけなのだ。
あるのは、自分が自分でいられないような、変な感覚。
こんな状態でふたりにされたら、間違いなくギクシャクする。
今日ばかりは、第二音楽室を開ける最初のメンバーがゴリチョであることを祈った。
が、その祈りは、見事に届かなかった。
からり。
第二音楽室の扉が、静かに開く。
この開け方は、ゴリチョではない。
ゴリチョなら、意味なく思い切りバーンと開ける、はず。
入ってきたのは──昨日のステージ用のマスクを着けた、パーカー姿の大葉さんだった。
「こ、こんにち、は」
「あ、ああ」
なんとも辿々しい挨拶。
しかし、これが俺たちの現状なのだろう。
神崎先輩のメッセージにもあった、最後のミーティング。
つまり目標である文化祭が終わった時点で、俺たちのバンドは終わり。
同時に、大葉さんを文化祭のステージへ、という約束も、成功という結果で終わったのだ。
「
パーカーのフードを目深に被った大葉さんは、俺の正面に立つ。
「ごめん、なさい。最初に、
大葉さんは、パーカーのフードを脱いで、マスクを取った。
「どう、ですか」
そこには、美少女がいた。
いや、大葉さんが可愛いことくらい、前から知っている。
だが今、目の前に立つ大葉さんは、いつもの可愛さを遥かに超えていた。
いつも目を隠していたものが、ない。
前髪は眉で切られていて、眼鏡がない。
たったそれだけなのに。
「綺麗、だ」
俺は、そう絞り出すのが精一杯だった。
「さっき、髪を切って、眼鏡は、コンタクトにして、みました」
最初の頃のように、途切れ途切れで話して、えへへと笑う大葉さん。
目を隠すものがなくなって恥ずかしいのだろう、その柔らかそうな頬は朱に染まっている。
「
「え」
俺は、大葉さんに何もプレゼントしていない。
そういえば大葉さんの誕生日って、いつなんだろう。
思考がブレる中、視線は大葉さんを見つめ続ける。
「
大葉さんは耳まで赤くなっている──え?
今まで大葉さん、耳も隠してたよな。
それが、片方だけだが、見えていた。
「だから、ぜんぶ、見て、ください」
大葉さんは、いつも来ているネズミ色のパーカーを脱ぎ去った。
俺は反射的に目を逸らそうとする。
これ以上、大葉さんにストレスを与えたくない。
けれど。
目が離せない。
初めて見る、パーカー以外の私服。
淡いピンクのニットのセーターを着た大葉さんの立ち姿は、衝撃だった。
たぶん一般的な、ごく普通の服装だ。
けれど、俺にはとてつもなく綺麗に見えた。
「でも、あなたには、見せたくて。見て、ほしくて」
限界がきたのか、大葉さんの目に涙が浮かぶ。
「わかった、わかったから、無理しないでいいから」
脱ぎ捨てられたパーカーを拾った俺は、大葉さんの肩にかける。
「無理なんか、してません。あなたに、見て、もらいたくて」
いじらしい。
俺が好きになった女の子は、こんなに可愛くて、いじらしい。
いつも俺なんかを気にかけてくれて、無理な要求にも応えようとしてくれて。
ああ、だから好きになったんだ。
頑張る姿を、見てきたから。
乗り越える姿を、知っているから。
大葉さんの頑張りに、俺は応えたかったんだ。
「大葉、さん」
「は、い」
「最初に今の大葉さんを見せてくれて、ありがとう。どう表現していいかわからないくらいに嬉しい」
「ありがとう、ございます」
大葉さんは、はにかみながらも大輪の笑顔を見せてくれた。
「──姫の晴れ姿の披露は済んだようですわね」
「えっ」
開けっ放しの扉の向こうから、神崎先輩の声がする。
「え、今日は来れないんじゃ……」
「あれは、罠ですわ」
罠って……ただの嘘じゃないか。
「よかったな、ウドっち!」
神崎先輩の後ろから、ゴリチョの空気が読めない声もする。
「神崎先輩っ」
大葉さんは神崎先輩の胸に飛び込んで、その頭を優しく神崎先輩が撫でる。
てか、あれ?
もし神崎先輩が来なかったら、大葉さんを抱きしめるのは俺だったのでは?
……惜しかった。
「大葉さん、よく頑張りましたね」
ひとしきり大葉さんを愛で、もとい抱きしめた神崎先輩は、満足したような笑みを俺に向けた。
「さて、我らが姫の甘酸っぱい青春を思い切り堪能させていただけましたので、そろそろ最後のミーティングに入りましょうか」
音楽室の後ろに寄せて積まれている椅子を車座に置いて、俺たちは最後のミーティングを始める。
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