藤の番人 (5)
藤の大木の下で倒れていた私は救急車で隣の市の病院に運び込まれた。普段は至って健康体の私が何度も呼びかけ、揺すっても起きなかった、とぐったりとしたまま藤の木の穴に頭を突っ込んで倒れていたのだと聞かされた。
なんで頭なんか突っ込んで、と私の腕には熱中症が疑われた為に生理食塩水の点滴が付けられていた。確かに春先の急な温度変化、つい夢中になって草刈りをしてしまっていたから水分補給を怠っていたけれど倒れてしまうだなんて思いもよらなかった。
大人しくしていなさい、と母に怒られた私は言われた通りに病院から帰って来た後は自分の部屋のベッドで暫く横になっていた。
ふと、玄関が騒がしくて見に行けば倒れている私を見つけてくれた筍をくれたおばちゃんが来ていて、母が頭を下げていた。
見つけてくれた事、救急車を呼んでくれた事についてのお礼を言おうとした私が母の後ろに立つ。
「ひッ」
私の姿を見たおばちゃんが後退りをして身を引いた。
母は私に対して厳しい口調で部屋に戻って寝ているようにと言う。
お礼と謝罪も許されないくらいに、私は見たことも無い母の表情とぎゅっと何かを握り締めているような握りこぶしの手が怖くなっておばちゃんに謝ることも出来ず、部屋に戻った。また後日、菓子折りを用意した方が良いかな、と思いながらベッドに潜る。
祖母も、
藤の木の穴に頭を突っ込むような形で発見された。
偶然でしょ、と私は思う。
でも母は手に何か握っていたような……あれは、祖母の大切にしていた着物の帯締めだったような。
でもどうしてそんなモノが、まるで鋏で切られたように短くなって母の手に握られていたんだろうか。
でも、でも。
ぐるぐると考えているうちに眠ってしまった私の耳にはまた、あの声。
「――ちやん」
おばあちゃんの声に似ているけれど、お母さんの声にも似ているような、おばちゃんの声のような、友人の声のような。
「――ちやん、う――あ――そ、ぼあそ、ぼ――う――」
うぎゃっ。
・・・
早めのゴールデンウイーク、結局私は寝て過ごしてしまった。
熱中症騒動も落ち着いて、隣の大きな市で買って来た有名店の焼き菓子の菓子折りを持って私は改めておばちゃんの家へとお礼をしに行った。
おばちゃんは何故かとてもよそよそしく、まあ面倒事に巻き込んでしまったから無理もないか、と考えながら歩いて家へと帰る。
山から強い北風が降りて来た。
少し冷たいその風は私の足元に小さな紐のような何かを落として行った。
(これ……おばあちゃんの)
自分がいつかプレゼントした染めの綺麗な花模様の手ぬぐい。
まるで紐状にするように細く裂いてねじりよってあったのか、らせん状に取れない皺が付いている。その両端はやはり刃物で切られたように鋭利な切り口で、それはまだ切られてそう何日も経っていないように見えた。
山裾を見れば藤が咲いている。
両親からは縁起が悪いからもう近づくな、と言われているけれど私は
う――。
おしまい。
あとがき。
初めて書いたホラーな怪異モノでした。
流行りのあやかしモノなどでは友好的な描写や設定も多いですが“怪異”ともなると仄暗い、人から近付いて行ってはならない雰囲気がありますね。
そして蔓性の植物について軽く触れたお話となりました。
藤も蔓性の植物。実際に難防除雑草であるヤブガラシはこのお話の中で実在、生えていたのでしょうか。それとも何か、紐状の物で良くないものを封う――。
う――う――う――。
『季節と植物の怪異 短編集』 緑野かえる @midorinofrog
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