第2話
5つ肉塊は浴槽内部へ適当に投げ入れたのでそれぞれ死斑が別々の場所に浮き出ていた。
見た目は昔学校で学んだ九相図の2枚目にそっくりであり、その絵のとおり腐敗が進んで体内から発せられたガスで顔や腹がパンパンであった。
顔はこっちを向いている。
肉塊は私から見れば左手に頭、右手に足がくるような体勢である。
胴体は浴槽の奥で自らのパンパンに膨れている四肢と埋もれて横向きになっていた。
右半身が下になっていた胴体は右半身にのみ死斑があり、右腿の切れ込みから血が染み出していた。
顔も元々目や鼻、耳などから血が吹き出していたが、その血の赤とは別に素肌ごと右半分が不自然に赤くなっている。
左半身は上になっていたため非常に不自然なほど白くなっていた。
45Lサイズの袋を用意し、口を大きく開けて足元に置いておく。
これに肉塊を入れ、上で縛ったのなら匂いは防ぐことが出来るだろう。
四肢を雑に退けながら胴体へと手を伸ばし、右手で左半身の脇腹を掴んだ。
流石に片手では重いので左手で右半身の脇腹に手を滑り込ませて横向きのまま持ち上げる。
胴体は、くの字に曲がりながらビチャビチャと右半身全体から血が吹き出した。
水分をギリギリまで含んだスポンジを持ち上げると水分が染み出してしまうようなあの感覚。
少女自身の左半身が重石のような働きをしてさらにそれを加速させている。
流血がおさまったのを確認して袋に入れようとした。
頭を上に袋に入れたいので髪を掴んで宙ぶらりんにする。
大きく開けた袋の上に持ってきた時に何故かそれが回転して目があった。
髪を持っているせいか頭皮を引っ張られ目が開いていたのだ。
その目は赤黒く濁っているが、酷く何かを憎んでいるような感じがした。
気色が悪いので隠すようにそれを素早く袋に入れる。
両手と両足はペアにして肘、膝それぞれの関節で折った状態で縛って袋に入れた。
合計で袋が胴体、足、腕の3つになった。
そこでリビングに戻って休憩をとった。
ぼんやりと九相図に思いをはせる。
今は2枚目のような見た目だが、このあと九相図では山に捨てられているため蛆が体に湧いたあと犬に喰われてしまい、非常に無惨なこととなる。
私があの時、あれを轢いていなければ他の車に轢かれて九相図と同じ運命を辿ってしまったのかもしれない。
それを見捨てないで家に持ち帰っているのだ。
十分休憩をとったのでそんな思考を打ち切って3つの肉塊入り袋をクローゼットに詰め込んだ。
火曜の昼、キーボードを叩く爪の間にカピカピに乾いた血が入り込んでいるのが気になった。
肉塊をクローゼットに詰めた後念入りに手を洗ったのだが指に染みついた赤黒いそれは非常に執拗な汚れとなっていた。
指先にかいた汗が爪の中に入った血液を緩くして垂れてくる感覚を不快に感じた。
しかもこの頃私を中心とした周囲が妙に騒がしくそれも不快感に拍車をかけている原因であった。
その日全ての業務を終えたのは23時を過ぎた時だった。
クタクタの状態でオフィスを抜け、ネクタイを緩めながら車に乗り込んだ。
運転席に乱暴に身を投げた事で車が大きく揺れる。
帰路は山道を下るため常に背の高い木に覆われていて、カーブが多いのに対して街灯が少ないため自ずとスピードを出すことができずに煩わしさが募る。
やっと麓に到着し、両サイドを覆っていた木から抜けた。
その時車のヘッドライトが前方の人影を照らした。
その中に立つ人影は孤独に震えている老婆であった。
彼女は車道の端に立ち、周囲には誰もいない。
彼女は寂しさと絶望に包まれながら、この街灯の一つもない暗闇の中で何かを探しているようにも見てとれた。
それを認識した私の心臓は一拍大きく飛び跳ねる感覚と背中にはギトギトした不快な冷や汗をかいた。
彼女は何を探しているのかが、何故彼女はあんな絶望の渦中にいるのかが直感的に理解出来てしまったからである。
丁度ここは少女を冷たい死体へと変えてしまった場所だ。
このままこの老婆を放っておく方が得策だろうか。
しかし老婆が少女に関する何かを見つけたとなれば非常に不都合である。
思考の末、一度老婆より進んだ場所で車を止めて道を戻った。
彼女は私が車を止めたことに気づき、こちらをじっと見ていた。
服は灰色のロングスカートに花柄の長いワンピースであるが、それはひどく汚れていて
ぼろきれのようだ。
後ろに縛っている白髪混じりの髪はボサボサに乱れており、その身体はひどく痩せ細ってまるで枯れ木を連想させるようであった。
それは私が心配の言葉を発する前にそのしゃがれた声で私に何かを問いかけてくる。
しかしそれは非常にか細く、言語という形を成してはいなかった。
彼女は大きく生唾を飲み込みもう一度言葉を発する。
「おんなのこをみましたか」
疲労からかまだたどたどしくはあるがそんな事をこの老婆は言っている気がした。
「女の子ですか、知りませんね。ご家族でしょうか?」
当然ながら知らないとシラをきった。
「あの子は唯一の家族なんです」
そう呟いたあと、私に礼を言って「おんなのこ」をまた探しに行こうとする。
しかし、この老婆を証拠が残ってるかも知れないこの場所にいさせたくないので、できる限りの笑顔で老婆に提案する。
「もう真っ暗ですし、とりあえず家まで送りますよ」
最初は遠慮していたが、数回押し問答を続けて提案にのった。
車に乗って家まで送る際、彼女はポツポツと自分と「おんなのこ」の事を語った。
曰く、「おんなのこ」とこの老婆は孫と祖母であり、孫の両親は他界し2人だけで暮らしていた。
家庭は経済的に非常に厳しく、この老婆も働ける体ではないのでその日を生きていくので精一杯であった。
その極限の生活のためか、万引きを日常的に繰り返しており警察にも何度かお世話になったそうだ。
そのせいで今回孫が消えたことを警察に相談できずにいた。
一方で万引きだけでは到底賄えないので私の勤務している会社のある山に入り、山菜をよく2人で取っていた。
そんな事情があり、少しでも家に役立つため、少女は山菜を取りに行ったのではないか。
そこで少女は夢中になってしまい、迷子になったのではないか。
以上のことから老体に鞭を打ってあそこまで歩いて行ったという。
案内された家は元いた場所から十数km離れた場所であった。
それはよく言えば木造の小さな一軒家、悪く言えば大きめの犬小屋である。
見るからにぼろぼろであり、庭の草は伸び放題で、リビングであろう場所に設置されている窓にいたっては、割れたまま放置されてあった。
そんな乞食のような少女と老婆の生活を想像してしまい私は内心で一層軽蔑の念を深めた。
「もしかしてここがあなたの家ですか?」
皮肉を込めて尋ねた。
老婆は当然だろうと、困ったような顔をしたあと、ひと通り私に感謝を伝えて家の中に消えていった。
私もこれ以上関わる必要はないと思い、その場を後にした。
rache @rokurokusan_16
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