Crystal Clear —クリスタルクリア—
津城志織
第1話
私たちは砂浜に座って波を見ていた。あの子は私に体を寄せてその波を見つめている。素肌が私の肌にあたり体温は私を照らしている日光よりも暖かく感じる。海水で湿っている黒く艶やかな長い髪は潮の匂いと花のような香りが混ざり合っていて、私の鼻腔をくすぐった。
「ねえ、海ってさ。なんか懐かしいね」
海を見ながら彼女は透徹した声で言った。
「私って今日初めて海に来たはずなのに、そう思ったんだよね」
彼女は海を見つめている。
その洋人形のように美しい横顔を見ると私は思わず息を呑んだ。
「みもりちゃんはさぁ、今日海来てどう思った?」
しょっぱいと思ったと私は言った。
「あは、私は海水は塩辛いと思うな」
あの子は口元を緩め、微笑んだ。
「私ね、昔。海水ってどんな味か気になって、水に食塩混ぜて飲もうとしたの。そしたら、すごい甘かったの。塩じゃなくて砂糖を入れてたんだよね。私っておかしいでしょ?」
私はそうだと思うと言った。
「あはは、否定してよ」
私は気になって、なぜ海に来たことがないのか聞いた。
「わかんないね。15年間も生きてきてなんで一度も来たことないんだろうね。なんかおかしいよね、名前の中に海って字が入っているのに一度も海に来たことないなんて。でもさ、今日初めて海に来れたからこの名前を誇りに思えるね」
そう言った後、あの子は私の胸に耳を当てた。
「君の心臓、こんな音なんだね」
どんな音がするか私は聞いた。
「リリカルで綺麗な音がする。好きだよ、君の音」
さらに体を密着させて彼女は私の音を聞いた。
左手は私の腰を囲み、右手は私の肩に置いていた。あの子の体温がより強く感じられて、私の胸の奥は熱くなった。
「曲調が変わったね」
そういうとあの子は私の背中をさすった。
「私さ、前にもこんな感じで海を見てた気がするんだ。あんまり覚えてないんだけど、こんな風に誰かの音を聞いていた気がするの」
今度は抱きしめるように私に体を密着させた。
「君といるとなんか落ち着くなぁ。ずっとこうしていたい」
私にはあの子がなぜ私だけにこんな風に接してくるのかわからなかった。それに、こういう風に体が触れ合ってもあの子だけには気持ち悪いという感情は湧かなかった。
私はあの子の顔を見た。
あの子はそれに気づくとひんやりとした手を私の頸に手を回した。
あの子の顔がどんどん近づいてくる。
まるでガラス細工ののように繊細で美しい顔。
だけど、それが私に触れた瞬間、壊れてしまいそうだった。
私はあの子を突き飛ばしてしまった。
それはほとんど条件反射によるものだった。
「痛い。私のこと、嫌だった?」
私から少し離れ、上目遣いをしてこちらを見ていた。その目を見ると私は思わず息を呑んだ。
(ごめんなさい)
「嫌だったか、嫌じゃなかったのかを聞いてるんだよ。謝って欲しいんじゃない」
あの子は脚を抱え、顔をそれに沈めた。
私はそれに何も答えられず、しばらく無言で海を眺めた。
「君はさ、私のこと好き?」
私にはその意味がわからなかった。あの子の何か思い詰めた表情を見て、友達として好きかという意味で私に聞いているとは思えなかった。だから、私はなにも答えられなかった。好きと答えたかったけど、答えたら、自分の中のなにかが壊れそうで答えられなかった。
「そうだよね。答えれないよね」
あの子は弱い声でそう言った。
「ごめんね」
間を置いてあの子が発した声は悲哀に満ちていた。それは私が覚えているあの子が発した最後の言葉。あの子は次の日からいなくなった。部屋からは遺書が見つかった。どんなことが書かれているかわからないけど、私のことや学校のことは書かれていないだろう。
一部の人は殺されたとか誘拐されたとか言っていたけれど、私にはあの子が死んだという事自体が信じられなかった。
いや、信じたくなかっただけなんだと思う。今でも私は海に行くとあの子を思い出す。
そのたびに私の心の中の穴から亀裂が入るような感覚がする。私はいつもあの子を探している。あの子は私の中に生き続けている、あの時と変わらない美しいままで。
Crystal Clear —クリスタルクリア— 津城志織 @Shiori40888
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Crystal Clear —クリスタルクリア—の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます