『クローズドマグマ』その③

 思ったより俗っぽいな、という好き勝手な感想を抱く私を知ってか知らずか。

 自然に外れるには固く結ばれていて、違和とも特別ともつかない感情を抱いたまま、半ば引きずられるように歩き出す。

 肌の柔らかな感触やちょっとドキドキするような雰囲気とは違って、細かいことを気にする余裕は与えてくれないらしい。

 公園から徒歩で十数分。赤く染まっった街路樹の中を通って、シネマの入っているモールへ着いた。

「ふーっ、寒いねぇ珠火ちゃん」

「そうですか。むしろ私は……」

 木枯らしの中でもパンケーキさんは暖かく、走ったわけでもないのに頬がぽかぽかするのだ。

「いや、なんでも」

 ただ、それを認めるのはなぜだか小っ恥ずかしかったりする。

 まだまだ初冬なので空調はそれほど効いておらず、この火照りの原因を他に求められないからだろうか。

 パンケーキさんには当然、姉妹愛も庇護欲も郷愁のような懐かしさもあるわけがない。

 お姉といるときのそれと違って、言い訳の余地はなさそうだった。

 視線を右から離す。

 エントランスホールにはでっかいクリスマスツリーが鎮座していて、電飾こそ点灯していないものの単純な体積で場を圧倒している。

 人もそれなりに多く、ベンチとかは一杯。

 片付け忘れたらしい月見やハロウィンの飾りが、隅の方で居心地悪そうにしていた。

「あと一時間くらいはあるけど、移動時間考えると微妙だしポップコーンとか買いに行こっか」

 なるほど確かにその通りで、服とか見に行ったところで対して選べないだろう。そもそも、優午の店で買ってるから特に必要なものもないわけで。

「はい、そうしましょうか。えっと、シアターと同じ階ですね」

 カラフルな輸入菓子やラグジュアリー、打って変わってチープな小物やらファストフード。

 手を繋がれたまま、人混みを進んでいく。

 とりあえず逸れることはなさそうだ。

 エスカレーターに乗って左折した突き当りがシネマである。

 オレンジ色の明かりが場内を照らす。

 少しの優越感とともに発券機の列を抜けて、アニメとのコラボをやっているとかで派手なPOPが並ぶ売店のカウンターに並ぶ。

 こちらは二、三人並んでいる程度ですぐに順番が廻ってきそうだ。

「Sサイズ売り切れてますね。どうしましょう」

 ポップコーンは好きだけれど、流石に一人でM以上は多い。

 しばし悩んでいると、パンケーキさんが耳打ちしてきた。

「……じゃあミックスの大きいサイズ買ってシェアでいい? 私買っとくからそっちで座ってなよ」

「ふぇっ、あ、はい」

 甘い声がくすぐったくて変な声をだしてしまう。

 コーヒーはないのでそそくさと脇に逸れた。

 数分して、特大サイズのポップコーンとコーラをそれぞれ両手にもってパンケーキさんが戻って来る。

 映画まではあと三十分くらいだろうか。

 人も増えてきて、それこそポップコーンを摘むくらいは出来るけど大きく身振りするのはやめたほうが良さそうだった。

 浅いキューブ型のベンチに二人で腰掛けて入場開始を待つ。

 紙が擦れる音がしてパンケーキさんの方を見ると、いつ手に取ったのか映画のフライヤーを何枚か抱えて眺めていた。

「んっ、珠火ちゃんも見るかい」

 視線に気が付いたのか、見ていたそれを私に差し出してくれた。

 ちょうど手持ち無沙汰だったし、ありがたく受け取る。

 突然変異したハチと自我を持った人形の友情を描いたホームムービーとのことで、世の中は広いのだなと妙な感心をしてしまった。

 時折ポップコーンを二人で食べながら時間を潰していれば、割とすぐに入場が始まった。

 スクリーンの開放を伝える放送を呼び水に人が流れていく。

「私達も行こうか」

「うん」



 相反する二つの感情を同時に持つのがヒトというものだが、特に関係ない二つの感情も抱けるというのは新体験だった。

 例えば相手のことが大好きだけれど、殺してしまいたいくらい憎い。将来への不安と同居する楽観的な刹那主義。

 などなど。

 だが今回の場合、私の心は「なんだかんだこのアニメが好き」と、「美人は得」の二つが占めていた。

 やはり特に関係はない。

 あと流石に、気持ち前者のほうが割合は多い。

 エンドロールが終わって席を立ち、ぞろぞろと劇場を出ていく。

 久しぶりに良い映画体験をしたと確信していた。

 元々このアニメには放送前から目をつけていて、面白かったけどどんどん人気になって、勝手に遠くに行ってしまった気になっていたのだ。

 だけれどもこうやって改めて見直すととっても面白く、やっぱり好きなんだなぁと実感する。

 有耶無耶になってしまったけれど、菓子折りと一緒にちゃんとチケット代も渡さなくては。

 それで。

「いやぁ面白かったね珠火ちゃん。やっぱりここの制作会社は……」

 問題はこの美人だ。

 薄暗い廊下の光も嫌に似合っていて、ここまで来るとむしろ不気味まである。

 背が高い童顔の巨乳とはなるほど、ほとんど妖怪だ。

 まず、そもそもの原因は、シェア前提で大きいポップコーンを一個買ったついでに、コーラも一個だけだったことにある。

 気が付いたときにはもうゲートの中だった。

 後で半分出すとは言ったものの、買ってきてもらった立場なのであまり強くは言えなくはあるが。

 劇場に入って席に座り、喉を潤そうとストローに口を付ける。久しぶりに飲んだそれは、記憶よりもだいぶ甘かった。

「私も飲もうかな、ポップコーンにお水持ってかれちゃった」

 そこで気が付いた。

「あの、これって間接……」

「気にしなーい、気にしなーい。嫌ってわけじゃないでしょ?」

 そう言われると、単に恥ずかしいというだけで。

 結局渇きには勝てず、飲もうとするたび変に意識しながら口をつけていたせいで最後の方は味もよくわからなかった。

 飲み物を二人の間に置いたので、ポップコーンは手荷物がなくて余裕があったパンケーキさんが抱えていたのだが。

 ふと、口が寂しくなる。ポップコーンに手を伸ばす。パンケーキさんが取りやすいように身を乗り出してくれる。

 親切でやってくれたのだろうけれど、照明がほぼ消えている中手探りだから胸に手があたってしまう。

 映画に集中していたし、わざとじゃないし、指摘して変な雰囲気になるのも嫌だったし、気持ちよかったしいやこれはちがくて。

 とにかく、なまじ触れたことのあるふわふわおっぱいの感触がリフレインするのだ。

 そんなトラブルに分類すべきことに見舞われたわけで。いや、客観的にはラッキーと言うのかもしれないがとにかく、とにかく。

 しかし、やっぱり嫌な気はしない。

 映画館の外に出る。散光に目がなれなくて、薄めで前を見る。

 眩しいかな、と私を心配するパンケーキの顔が見えた。

 ウインクをしようとしたらしいが、両目をつぶって満面の笑みが咲いていた。

 美人は得だと思う。

 何をやっても失敗にならないのだから。

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Dive into moon ファレン2th @falen2th_d_v

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