第十五夜 タン塩と芋焼酎
金曜日の夕方、のんびりとした雰囲気が職場に漂い、みんなが残った仕事をしながら雑談を始める中、私の中にある食べ物が浮かんだ。
「……タン塩」
今朝、ニュース番組のグルメコーナーでタン塩が特に美味しいという焼き肉店を紹介していたからか焼き肉というよりはタン塩が私の頭の中を支配していた。
そして、頭の中で白い紙ナプキンをつけたクロがトングをカチカチしながら楽しそうにタン塩を焼き始めたその時、石山さん達が話しかけてきた。
「タン塩って聞こえてきたけど、今日は焼き肉?」
「朝のニュース番組でタン塩を紹介していたからか食べたくなってしまって」
「カルビやハラミ、ホルモンにロース、と色々ありますけど、タンは歯応えもありますからお肉を食べてるって感じがしていいんですよねぇ」
「因みになんですが、一口に牛タンと言っても部位によって様々な歯応えがあるみたいですよ」
「あら、そうなの?」
九十九君は頷いてから答える。
「はい。タン元は脂が乗って柔らかくてジューシーでとろけるような食感で、タン中は赤身と脂のバランスもよくてほどよい歯応えがある上に噛み締めると旨味や甘味を感じられるそうです。他にも脂肪が少なくて固い部位ではあるけれど煮込み料理などにすると美味しいタン先や肉質は固いけれど筋や血管が多いことで濃い味わいが楽しめるタン下、と色々あって他にも舌の色によっても白タンや黒タンなどまた違った味わいがあるんだそうです」
「そうなのね……はあ、話を聞いてたらウチも牛タンにしたくなってきたかも。九十九君、おすすめのお酒ってある?」
「色々合うお酒はあるようですが、僕は焼酎もいいかなと思っています。特に芋焼酎のコクと牛タン料理のしっかりとした味付けの相性はとてもいいですし、芋焼酎は色々種類があるので楽しみ方も多いと思います」
「芋焼酎かあ……最近飲んでなかったし、それもいいかも。ということで、私は牛タン食べながら芋焼酎を飲む事にしようかな」
「私もそうしようかしらね。三村さんはどうする?」
「そうですね。せっかくなのでそうしてみます。朝からタン塩の口にはなってしまってるので」
そんな雑談をしながら私達は残りの仕事を終わらせた。そして終業後、私は近所のスーパーで牛タンや芋焼酎、そして焼き肉のタレやレモン汁、明日の朝に食べる菓子パンを買って家に帰った。
「ただいま」
『おっかえりー。今日は~なんじゃらほい?』
「タン塩と芋焼酎だよ」
『ほうほう、タン塩と芋焼酎ですかあ。しっかりとした歯応えと香ばしい匂い、そして噛んだ瞬間に口の中に溢れる肉汁と旨味、その中でも主張してくる甘味にコクと高い香りの芋焼酎を合わせるというだけでワクワクしてくるよ。タレの旨味とタンに染み込んだ塩味、あっつあつなそれらを楽しみながら冷たい芋焼酎をクイッと……はあー、本当にたまらんよぉ』
「頭の中ではクロが紙ナプキンをしっかりとつけてトングをカチカチしてるイメージが湧いてたよ」
『焼肉屋さんならいいけど、パン屋さんだとパンに対する威嚇みたいな感じに取られるそうだね。トングの調子を確かめてる人もいるようだけど、中にはパンを選ぶぞっていう意気込みを示す人もいるんだってさ。そんなことせずに食べたいのをのんびり選べばいーのにね』
「本当に人によるんだろうね。さて、着替えたら早速始めようかな」
『だね。ではでは~、レーッツクッキーン!』
「はいはい」
私は芋焼酎を冷蔵庫にしまってから部屋着に着替え、そのままキッチンに立った。冷やご飯をレンジに入れてから買ってきた牛タンと調味料をボウルに入れて軽く揉んで、それを置いておいてから私はフライパンをコンロに置いた。
調味料を揉みこんだ牛タンをフライパンに入れ、さっと焼いているとそれを見ながらクロが話しかけてきた。
『いい感じの香りがしてきたねえ……どんどん焼いてどんどん食べてこー!』
「ホットプレートの方がいいんだろうけど、ある程度数を焼いてから持ってきて、また食べたくなったら焼く形の方がいいかな」
『ホットプレートで焼きながら食べる形式でもいいけど、火傷しちゃう可能性もあるからね。だから、この形で行こうか。さてさて、そろそろレモン汁と焼き肉のタレも用意してこーか!』
「だね」
焼けたのを確認してからそれをお皿に盛り、私は小皿にレモン汁と焼き肉のタレを注いでから芋焼酎を冷蔵庫から取り出してきた。そしてコップにそれを注いでからレンジのご飯を持ってきてテーブルに並べると、クロはそれを見ながら満足そうな声を上げた。
『これはもうワクワクしちゃうねぇ。しっかりと焼かれたタン塩を焼き肉のタレやレモン汁でドレスアップさせたりご飯という名のふっかふかの布団の中にダイブさせてそのほんわかしてるとこをパクパクしたりするわけだし、これはもう優勝だよ』
「クロが焼肉屋さんにいたら食べ放題を本当に楽しみそうだよね。お肉食べながらお酒をガブガブ飲むタイプだろうし」
『お肉を食べながらお酒を飲むのはもはや世界の常識だからね。さあさあ、早く食べよーよ』
「うん」
いただきますと言ってから私はタン塩を箸で掴む。そしてタレにつけてからそれを口に運ぶと、タレの甘じょっぱい味わいとタンの歯応え、そしてしっかりと焼いた事で広がる香ばしい風味が口いっぱいに広がった。
「……うん」
『いいねいいねぇ! タンのしっかりとした歯応えと溢れる肉汁、そしてタレの味わいがそれと混ざりあって香ばしい風味が更に食欲をかきたてる……あぁ、これはまさしく至福の時だよ……!』
「たしかに食欲をそそる感じではあるよね」
『だよねぇ。という事で、今度は芋焼酎もグイッと行っちゃおう!』
「うん」
私は今度はレモン汁にタン塩をつけてから口に運び、コップの中の芋焼酎を一口飲んだ。すると、レモンの爽やかな風味がタン塩をさっぱりとした物に変え、そして芋焼酎のコクや芋の風味が口の中にふんわりと広がっていった。
「……うん」
『やっぱり焼き肉を食べながら飲むお酒は格別だよね。ご飯と合わせてもいいし、今日はないけどサンチュで巻いてもいい。焼肉はやっぱり生きとし生けるもの達に与えられた至高の逸品だよ』
「クロからすればそこが一番重要なんだよね」
『ボクじゃなくてこれは重要だよ。しっかりと焼いたお肉を食べてそれをお酒でグイッといくわけだから、飲める人からすればこれはもう本当に重要だよ』
「そんなもんかな」
『そんなもんだよ。さあさ、明日は土曜日でお休みだし、しっかりと食べながら明日の事でも決めていこうか』
「そうだね」
私はまたタン塩を口に運んだ。そしてクロがワクワクしながら話すのを聞きながら今日も私の夕飯兼晩酌はゆっくりと過ぎていった。
金曜日の華 九戸政景 @2012712
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