第14夜 フライドチキンとホワイトエール

 金曜日の夕方、突然の出来事で仕事が増えた事で私達は慌てながら仕事に励んだ。そして終業時間前にどうにか仕事を終わらせ、ホッと一息ついていた時、私の頭の中にはある食べ物が浮かんでいた。



「フライドチキン……」



 別に今はフライドチキンが安売りされていたり特に人気という時期ではないけれど、少しガッツリしたものが食べたくなったからか私の頭の中にはフライドチキンを両手に持ちながら嬉しそうに食べるクロがいた。


 そして仕事の後片付けをしながらどんな風にフライドチキンを食べようか考えていた時、石山さん達が話しかけてきた。



「あら、今夜はフライドチキン?」

「はい。疲れたからか少しガッツリしたものが食べたくなって」

「フライドチキンかあ……どうせならビールと一緒がいいですよね。ガツガツ食べた後にビールをグイッと」

「合いますからね、フライドチキンにビールは。因みに、家でもフライドチキンは作れるんですよ?」

「あら、フライヤー無しでも?」

「はい。といっても、ファーストフード店で売っているような骨付きのというわけではないですし、少し前にネットで調べたレシピではあるんですけどね」



 九十九君は笑みを浮かべた後、説明を始めた。



「まず、鶏肉なんですが、もも肉とむね肉の二つを用意し、それを5cm程度に切るんです。厚みがあるところは開いておいて、削ぎ切りにすると胸肉もジューシーになるようです」

「ジューシーなのは良いよねぇ……」

「ボウルにタマゴを入れたら、そこに塩やおろしにんにく、鶏ガラスープの素を入れて、鶏肉を加えて揉みこんで、十五分くらい待つそうです。そしたら、バットに薄力粉や片栗粉、粗びき黒胡椒などを入れてよく混ぜ、鶏肉を入れてよくまぶします」

「それだけで美味しそうに思えてくるけど、その後に揚げの工程が入るのね?」



 九十九君は笑みを浮かべながら頷く。



「はい。全体に粉をまぶしたら再度ボウルの卵液とバットの衣をつけ、160°の油で五分くらい揚げたら一旦取り出して今度は180°の油で二度揚げします。それで出来上がりなんだそうです」

「へえ、そんな感じで出来るんだ。それなら帰ってからでも作れそうだからやってみようかな」

「ウチもそうするわ。三村さんは?」

「私もそうしてみます。九十九君、ありがとう」

「いえ、お役に立てて嬉しいです」



 九十九君が微笑みながら答えた後、私達はまた仕事に戻った。そして終業後、私は最寄りのスーパーに行き、もも肉とむね肉、そして他の材料やホワイトエール、明日の朝の菓子パンを買って私は家に帰った。



「ただいま」

『おかえりー。今日は何かな?』

「今日はフライドチキンだよ。腹ペコクロ」

『よっしゃ、フライドチキンだー! 各部位によって違う味わいと溢れる肉汁、衣も柔らかいのやカリカリっとしてるのもあるし、骨付きのなんて骨の部分を持ってアグッと食べるあの病み付きになる楽しさがある。そして食べた後にお酒をグイグイっと……はあ、至福の一時だよ……』



 クロがうっとりとした声で言う。



「私の頭の中ではクロがフライドチキンを二つ持ちながら嬉しそうにしてたよ」

『二つも持ってたらそれはもうニッコニコだよ。二個だけに。でも、今回は骨付きじゃないんだよね?』

「うん、もも肉とむね肉を買ってきてるから、これを揚げて食べる感じだよ」

『九十九君は本当に色々知ってるよね。ボクだったら色々美味しいものを食べさせてもらいたいくらい』

「たしかに気が合いそうだね。さて、着替えたら始めようかな」

『うん。レーッツ、クッキーン!』

「はいはい」



 部屋着に着替えた後、私はホワイトエールを冷蔵庫に入れてから作業に取りかかった。九十九君が言っていた工程を行っていると、クロが話しかけてきた。



『ねーねー、華ちゃん』

「なに?」

『やっぱり九十九君には何も感じない?』

「感じないね。クロが言ってるのは異性としてどうかって事でしょ?」

『そだよー。九十九君は少し幼めに見えるけど、男性としてはカッコいい方だし、いいと思うけどなー』



 クロが残念そうに言う中、私は答えずに作業を続ける。そういう男女の色恋というのはよくわからないし、わかる気もない。わかったところでどうだという話なのだから。


 そんな事を考えながら私は作業に意識を向ける。そして二度揚げまで終わった後、私はそれらと予め切っておいたキャベツの千切りをお皿に盛り、作業中に温めていたご飯が盛られたお茶碗とフライドチキンが載ったお皿、そしてホワイトエールをテーブルまで持っていき、それらを並べた。



『おー、出来たねー。これをボクが食べられないのが残念なくらいだよ』

「そうだろうね。クロの場合、こんなにいっぱい出来たら喜びのダンスを踊るでしょ」

『だね。その上、ホワイトエールまであるんだから、これは食べて飲んでそのままグースカ寝ちゃうコースだよ。美味しいものを食べて飲んで何も考えずに寝ちゃうのは至高だからね』

「後片付けを後回しにするのはよくないけどね。さてと、そろそろ食べちゃおうかな」

『だね、さあさあ食べな食べな』

「うん」



 私はいただきますと言ってからフライドチキンを一つ箸で掴み、そのまま口に運んだ。カリッカリの衣が噛む度に口の中で音を出し、溢れる肉汁は口の中で旨味と一緒に広がっていく。



「……うん」

『いー音だねえ。しっかりと下味がついたお肉にカリッカリの衣、その上出来立て熱々だから更にその美味しさが増していく。いやあ、いいもんだねえ』

「そんなものかな」

『そんなもんだよ。ほらほら、ホワイトエールもグイッといきなよ』

「そうだね」



 私はもう一つフライドチキンを食べてからホワイトエールを飲んだ。ホワイトエールの口当たりのまろやかさやフルーティーな香りが口の中でふわりと広がり、フライドチキンの旨味を更に引き立てているような気がした。



「……うん」

『鶏肉自体がそもそもお酒に合うのにシュワシュワのホワイトエールを飲んで口の中で味を引き立てていくというこの幸せ。いいねえ、ダブル主演によるいい舞台を見せてもらってる気分だよ』

「そっか。それにしても、異性としてか……」

『お、興味でた?』



 ワクワクした様子で聞いてくるクロに対して私は首を振る。



「そういうのじゃないよ。ただ、九十九君がそういう目で私を見ていたとしても報われないだけ。たとえ、妥協して交際をしたとしても彼に興味もなくて食べたところでろくな感想も言えない私じゃ意味ないでしょ」

『それはどうだろうね。たしかに美味しそうに食べてもらえた方が作りがいはあるさ。でも、誰かのために作ってあげる事が幸せの人だっている。彼だってそうかもしれないよ?』

「そっか」

『うん。ほら、冷めない内にお食べ』

「そうだね」



 私はご飯やホワイトエールと一緒にフライドチキンを食べ始めた。そしてクロが話すのを聞きながら私の夕食兼晩酌は今夜もゆっくりと過ぎていった。

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