第十三夜 ポテトチップスと柚子酒

 金曜の夕方頃、みんなで軽い休憩を取って職場の雰囲気が少し緩いものになっていた時、私の頭の中にある食べ物が浮かんだ。



「ポテトチップス……」



 アイスを直前に食べたからか少し塩気のあるものが食べたくなってしまった。チョコがけの甘じょっぱいものもあるけど、今はうすしおやのりしおとかの気分だった。


 そして頭の中のクロがポテチ食べろ音頭を踊り始めた時、石山さん達が話しかけてきた。



「甘いの食べた後だからね。少ししょっぱいものが欲しくなるのはわかるわ」

「お手軽に食べられちゃうのも反則ですよね。テレビや携帯を見ながら食べてたらついつい進んじゃって……」

「味も色々ありますしね。中には白エビ味とかシークヮーサー味もあるみたいですよ」

「地域限定商品って奴ね。ああいうのを見るとつい買いたくなるわ」

「購買意欲を高める効果はありそうですからね、限定品となれば」

「それに、ポテトチップスもアレンジして別の料理に出来ますからね」

「お、流石は料理男子。どんなのがあるの?」



 貫地谷さんの問いかけに九十九君は微笑みながら答える。



「僕が知ってるのだと、ポテトチップスのグラタンがありますね。耐熱容器に砕いたポテトチップスを入れてからベーコンや牛乳を入れて、チーズを載せて焼くだけですけど」

「グラタンかあ……普段あまり食べないけど、耐熱容器なら前に買ったのがあるし、それ使ってみるのも良いなあ」

「砕いたポテトチップスを衣にして唐揚げも作れますし、ポテトサラダみたいにも出来るようですね」

「あー、そんな事を言われたら食べなくなっちゃうよ! 私、帰る時にポテチ買ってく! あと、お酒も!」

「私もそうしようかしら。三村さんは?」

「私もそうします。九十九君、今日もありがとう」

「いえ、お役に立てたようで嬉しいです」



 九十九君が嬉しそうに言い、石山さんと貫地谷さんが九十九君を微笑ましそうに見ていたけれど、今回も何でなのかはわからなかった。けれど、何か良い事があったのなら良いのかもしれない。


 そう結論付けて私はまた仕事に集中した。そして終業後、最寄りのスーパーに寄って私はのりしお味のポテトチップスと柚子酒、明日の朝に食べる菓子パンを含めた色々な物を買い、そのまま家に帰った。



「ただいま」

『おっかえりー。今夜は何かな?』

「ポテトチップスで作るグラタンと珍しいなと思った柚子酒だよ」

『ほう、ポテチグラタンと柚子酒ですかな? 使ったポテチによってその味わいを変えながらも牛乳のまろやかさとチーズの濃厚さは変わらず、出来立て熱々の物をふうふうと冷ましながら食べ、口の中に広がる味の海を感じながら柚子のフレッシュな酸味と甘すぎない爽やかな風味を冷たいお酒としてクイッと頂く。はあー……これはたまらんよぉ』

「少し大きいのにしてみたからしばらくはこれを飲む事になるけどね」

『チャレンジャーだねえ。でも、それくらいの思いきりの良さもなくちゃあ人生は楽しくない。さあ、レッツクッキングー!』

「はいはい」



 私はチーズや牛乳、柚子酒などを冷蔵庫にしまってから部屋着に着替えた。そしてあまり使う機会のなかった耐熱容器を取り出して軽く洗い、オーブンを200度に予熱してから買ってきたのりしお味のポテトチップスを軽く砕いた。



『この砕く時間もいいよねえ。バリバリバリッていいながら碎けていくポテトチップス、そして袋を開けたらそこからはふんわりと香りが広がるんだよ。ああー……たまらん、本当にたまらんよお』

「因みに、クロってポテチ食べろ音頭を踊れるの?」

『踊れるよ。こう、手をパンパンと叩いてから両手をクイッと上に広げて、一枚一枚摘まんで食べるような動作をしてからごちそうさまってするのを繰り返す感じだね』

「踊ってる最中に何袋も食べてる感じなんだね。太るよ、クロ」

『ボクはぬいぐるみだから平気だよー。さあ、砕いたポテトチップスを耐熱容器に入れるのだー!』

「うん」



 袋からザラザラッと耐熱容器の中にあけると、私はベーコンを小さく切り、それを入れてから冷蔵庫の中の牛乳を流し入れ、チーズを上から載せた。


 それを予熱しておいたオーブンに入れて10分程待っている間、私はクロに話しかけた。



「クロ、九十九君が私を見て顔を赤くしたり石山さん達がなんだか嬉しそうにしてるのってなんでだろ?」

『あー……その件に触れますか。華ちゃんって好きな人はいなかったもんね』

「いないね。そもそも好きって何かがわからない。わからないことだらけの私にあるのが料理くらいだけど、料理の話ではなさそうだったなあ」

『まあそうだね。因みに、華ちゃんは九十九君の事をどう思う?』

「九十九君? がんばり屋さんっていうのが一番の印象だね。仕事にも熱心だし、わからないことはしっかりと聞いてくれるから良い子だとは思ってるかな。でも、それだけだよ」

『うーん、脈無しだねえ。まあでも、それが気になり始めたのは進歩だよ。うんうん、良い事だ』

「そうなんだね」



 クロの言ってる事はわからないけれど、進歩しているなら良い事なのだろう。そんな会話をしている内にオーブンが鳴り、私は出来上がったグラタンを取り出した。


 そしてそれをテーブルに運んだ後、冷蔵庫から出した柚子酒をコップに注いでグラタンと並べた。



「出来た」

『おお、良いねえ。あっつあつなグラタンとひえっひえな柚子酒。ハフハフしながらグラタンを食べて、柚子酒で口の中を冷やしながらその酸味は食欲を増進させていき、美味しさも相まって手が止まらない。うん、良い金曜日の夜だよ』

「これ以上の組み合わせとかもあるんだろうけどね」

『それ言ってたらキリないし今はこれで満足しよ。さあさあ、冷めない内にお食べお食べ~』

「うん」



 私はいただきますと言ってからスプーンで一口分掬って、ふうふうと息を吹き掛けてから口に運んだ。



「……うん」

『本格的な物に比べたら少しチープな味にはなってるかもしれないけど、お手軽に作れるという点や今回使ってるのがのりしおだからのりの風味なんかも加わっている点がポイント高いよね。さあ、ここで柚子酒もいっちゃおー!』

「そうだね」



 私はもう一口グラタンを食べてから柚子酒を飲んだ。クロが言うように口の中でしっかりと熱を主張してくるグラタンが冷えている柚子酒で程よい温度になり、それと同時に爽やかな酸味と皮の仄かな苦味が口の中に広がっていった。



「……うん」

『かあーっ! これはもう優勝だよ、優勝! これは最高の華金だ、うん!』

「いつもみたいな語彙力が無くなってるね」

『それくらいいい夜って事だよ、華ちゃん。いいものを食べて、いいものを飲んで、そして疲れを癒す。これこそが金曜の夜ってもんさ』

「そんなもの?」

『そんなものだよ。ほらほら、早くしないと冷めちゃうよー』

「うん」



 私はまたグラタンを口に運ぶ。そしてクロが話すのを聞きながら今夜も私の夕食兼晩酌の時間がゆっくりと過ぎていった。

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