第十二夜 トウモロコシとスパークリングワイン
金曜日の夕方、そろそろ終業かと時計に目をやっていた時、私の頭の中にある食べ物が浮かんだ。
「……トウモロコシ」
最近、スーパーでよく並ぶようになった事で私もよく目にするようになり、トウモロコシを食べろと少しずつクロに言われるようになったのだ。因みに、本人は動く事は出来ないけれど、本人的には後ろ足で立ちながらトウモロコシ買って食べろのダンスを踊ってるのだという。どんなものか少し気になっているのは本人には内緒だ。
そうしてトウモロコシとクロの事を考えていた時、石山さん達が話しかけてきた。
「あら、今夜はトウモロコシ?」
「そのつもりです。スーパーでよく見るようになったので気になりますから」
「夏の風物詩の一つですからね、トウモロコシは。そういえば、トウモロコシって漢字で書くとすごく難しいですよね」
「玉に
「へえ、メキシコ。メキシコってサボテンとか陽気なおじさん達のイメージしかなかったけど、トウモロコシがそんな前から栽培されてるところだったんだ」
貫地谷さんの言葉に九十九君が頷く。
「みたいです。それからかなりの時が経ってヨーロッパで流通し、江戸時代に日本に入ってきてから北海道から順に普及していったそうですよ」
「たしかに北海道ってトウモロコシの生産量は一位らしいわね。それなら納得かも」
「でも、トウモロコシってどう食べるのが一番なんだろ? 普通に茹でるのも良いし、焼いても良いだろうし……」
「他にもトウモロコシごはんとかかき揚げ、コーンスープにコールスロー、と色々ありますよ。それでトウモロコシって実はお湯で茹でるよりもレンジでチンした方が美味しくなるらしいです」
「レンジで? そんな方法もあるんだ」
九十九君は微笑みながら頷く。
「はい。外の皮を薄皮1枚2枚程度残しておいて、さっと水をかけてラップで包むんです。そして500Wで5分程度温めながら味付け用の塩水を用意しておき、温まったトウモロコシの根元を切り落としてから皮を剥いて、ファスナー付きの保存袋にトウモロコシと塩水を入れて15分ほどで完成みたいです」
「手間はかかりそうだけど、美味しそう……ウチも今日はそれにしてみようかな」
「ウチもそうしてみようかしらね。三村さんはどうする?」
「そうですね。やったことがない方法ではあるので試してみたいです。九十九君、教えてくれてありがとう」
「あ……い、いえお役に立ててよかったです」
九十九君は少し照れたように顔を赤くし、石山さんと貫地谷さんは前みたいにクスクス笑う。なんで笑ってるかは相変わらずわからない。けれど、笑える事があるなら別に良いかと感じてそれ以上は気にせずに仕事に集中した。
そして終業後、私は最寄りのスーパーに行き、トウモロコシを数本とスパークリングワイン、そして明日の朝に食べる菓子パンなどを買って家に帰った。
『おっかえりー。姐さん、例のブツはありやすかい?』
「トウモロコシだよね? クロが買って食べろってうるさいから流石に買ってきたよ」
『よっしゃきたぁ! 夏の風物詩! あれよあれよと言う間に食べ進めてしまう黄色い悪魔! その名は~、トウモロコシ~!』
「テンション高いね」
クロはテンション高く答える。
『そりゃあそうでしょ! だって、あのトウモロコシだよ!? サラダにしてもよし、バーベキューの具材にしてもよしだけど、茹でて山盛りにしたり醤油を垂らして焼いた時の香りといったら……はあ、ぬいぐるみなのにヨダレが出ちゃいそう』
「ベトベトになると洗濯が大変だから止めてほしいな」
『まあヨダレは出ないんですけどね、お華さん。ただ、あの九十九君から違う方法を教わってきたようだね』
「流石に私も知らなかったから試そうかなと思ってね。クロもその方が良いんでしょ?」
『もちろんだよ。さあ、レッツクッキーング!』
「はいはい」
私は部屋着に着替えてからワインを一度冷蔵庫に入れた。そしてキッチンに立ってから、九十九君が説明してくれた通りに作業を進めていく。
『順調そうだねぇ。因みに、いま僕はトウモロコシを早く食べろのダンスを踊ってるつもりだよ』
「どんなダンスなの?」
『こう……上に向かってうにょーんと伸びながら横にゆらゆら~として、ぎゅっと一度しゃがんでから、どっかーんと伸び上がる感じかな。それをひたすら踊ってるよ』
「そうなんだね。サーカスとかで人気出そう」
『それなら猛獣使いになりたいな。がおがおーなライオンを操って火の輪くぐりさせたりクマやパンダに玉乗りさせたいなぁ』
「動物のぬいぐるみの猛獣使いは人気出そうだね」
クロと話しながら私は作業を続けた。そしておよそ二十分後、冷やご飯を電子レンジで温めながら調理し終えたトウモロコシを保存袋から取り出してお皿に次々と盛った。
その後、温め終わった冷やご飯とトウモロコシをテーブルに載せ、少し冷やしていたワインを取り出してグラスに注ぐと、クロは嬉しそうな声を上げた。
『来ました来ました、来ましたよー! そのワインはイタリア産だよね?』
「そうだね。一応辛口のにしてみたよ」
『いいねぇいいねぇ。トウモロコシは若草みたいな香りがするからそれがワインとのマリアージュを生み出し、トウモロコシの甘味と辛口のワインは程よく合わさって引き立て合うと言われてるよ』
「そうなんだね。何かのテレビで観たの?」
『そんなとこー。さてさて、そろそろいただきますのじっかんだよー!』
「うん」
私はいただきますと言ってからトウモロコシを一本手に取り、下の歯をトウモロコシの粒のつけ根に当てて、トウモロコシを上から下に回転させて食べた。
「……うん」
『うんうん、いいよぉ。粒一つ一つが瑞々しくてしっかりとした甘味があるのに、そんな粒がいっぱいあるだなんて幸せ以外の何物でもないよね』
「歯に挟まると気になって仕方なくなるけどね」
『それはトウモロコシを食べる時の宿命だからね、仕方ないね。ただ、バターナイフを使ったり親指で取ったりすれば良いらしいけど、やっぱりかぶりつきたいよね』
「そういうものかな」
『そういうものだよ。さあさあ、お酒をクイッとどうぞ』
「うん」
私はトウモロコシを少し食べてからスパークリングワインを口に含んだ。
「……うん」
『シュワッと来る爽快感と甘味の少ないスッキリとした味わい。そして冷やした事によるヒンヤリ具合……はあ、夏にほしいものばかりでたまらんよぉ』
「それならビールでも同じ事じゃない?」
『ビールとスパークリングワインだと合うものも違うし、味わい方も違うんだよ。まあ、夏のビールに枝豆とか唐揚げみたいな揚げ物とかを合わせるのが極上の幸せなのは認めるけどね』
「やっぱり呑兵衛だよね、クロって。嗜好だけは」
『まあね。僕もやってみたいなぁ、飲み屋巡り』
羨ましそうなクロの声を聞きながら私はクロが飲み屋にいる光景を想像する。
「誰かの忘れ物と勘違いされそうだけどね」
『たしかに。まあウチだとそんな事は起きないし、華ちゃんものんびりと出来る。今週もお疲れ様。また来週から頑張ろうね』
「うん」
答えてから私はまたトウモロコシを食べ始める。そしてクロの話を聞きながら今夜も私の夕食兼晩酌の時間はゆったりと過ぎていった。
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