第十一夜 サラダチキンと低アルコールビール

 金曜日の夕方、いつもとは違う作業をこなして他の人達が疲れを見せる中、私は疲れながらもある食べ物を頭に思い浮かべていた。



「サラダチキン……」



 先日、スーパーの特売品だった事もあって私はサラダチキンを少し多めに買ってしまった。サラダチキンという名前を名乗ってるため、そのままサラダに使っても良い。けれど、それだけじゃちょっと芸がない。だからこそ悩んでいるのだ。



「……そういえば、クロが九十九君からレシピ聞いてみろって言ってたな」



 クロがそう言う理由はわかる。でも、たぶん何も変わらない。変わるんだったらこれまでに変わってるはずだから。



「でもまあ、たまには良いか」



 私は小さくため息をついた後、汗をかきながらふうふう言っている九十九君に話しかけた。



「九十九君、ちょっと良いかな」

「あ、三村さん。はい、なんですか?」

「実はサラダチキンをこの前いっぱい買っちゃったんだけど、その使い道に困ってて」

「サラダチキンですか……色々ありますけど、サラダチキンと大葉の梅和えとかありますよ」

「そうなんだね」



 私達が話をしていると、そこに石山さんと貫地谷さんが近づいてきた。



「なになに、今日はサラダチキンの使い道?」

「はい。スーパーの特売品だったのでついいっぱい買ってしまって。それで、九十九君が料理得意なのは前に聞いたので何かないかと聞いてたんです」

「なるほどね。サラダチキンか……筋トレ中の人がよく食べてるイメージがあるわよね。むね肉ってヘルシーだから」

「現状はどんな物が出てるんですか?」

「サラダチキンと大葉の梅和えです」

「あー、それは絶対に美味しいですよ。鶏肉の梅肉和えは美味しいって相場が決まってますから」



 貫地谷さんが羨ましそうにしていると、石山さんはクスクス笑った。



「たしかにそうね。それで三村さんはそのメニューにするの?」

「そうですね、せっかくですから。問題はお酒ですけど、これまでに色々飲んできてるので少しネタ切れな気はします」

「ふむ……それなら低アルコールのお酒はどう?」

「低アルコールのお酒? そんなのあるんですか?」

「ええ。微アルっていう結構新しめなカテゴリーがあって、度数が1%以下のお酒をそう呼ぶみたいよ」

「人によっては飲んだ気にならなそうですよね、1%以下だと」



 石山さんは頷く。



「まあそうね。でも、本当にお酒が弱い人でも飲めるだろうし、ノンアルコール飲料と一緒で重宝はされそうよ」

「なるほど……せっかくだから私も今日はそれにしてみようかな。おつまみはサラダチキンと大葉の梅和えで」

「私もそうします。九十九君、石山さん、今日もありがとうございます」

「ど、どういたしまして……!」

「今日は本当に疲れたし、美味しく食べたり飲んだり出来そうね」

「はい」



 話をしていると、主任の呼び掛けで終礼が始まり、私達はお疲れ様ですを言い合った。そして終業後、私はサラダチキンと大葉の梅和えレシピを聞いてから最寄りのスーパーに行って大葉と梅干し、低アルコールのビールと明日の朝に食べる菓子パンを買って家へと帰った。



「ただいま」

『おっかえりー。今夜はついにサラダチキンを食べていく感じ?』

「うん。クロに言われた通り、九十九君からレシピ聞いたよ。これで良い?」

『オッケーだよ。それで作るのはサラダチキンと大葉の梅和えかぁ……ヘルシーな上に味付け次第ではいくらでも化けるサラダチキンに梅の酸味とさっぱり感、大葉の風味がプラスされてよりあっさりめに食べられるから箸が進んで仕方ない。そこに低アルコールのビールをクイッと飲んだら、もうたまらんよ。低アルコールのビールは1%以下のアルコールしかないのに満足感はかなりあるようだし、喉ごしも良いわけだから夏の暑さを乗り切る良いお供になるよ。もちろん、飲みすぎは注意だけど』

「それはね。さて、お腹も減ったから早速作っていこうかな」

『だねだね。では、レッツークッキーン!』



 クロが楽しそうに言った後、私は低アルコールビールを冷蔵庫に入れてから部屋着に着替えた。キッチンに行った後に冷やご飯をレンジに入れてから大葉を重ねて千切りにし、梅干しの種を取ってから包丁で刻み、サラダチキンを細目に割いていった。



『細くなったサラダチキンってだけでもワクワクするよね』

「なんで?」

『それを食べながらお酒を飲めるから。裂きイカとかカルパスみたいに本当につまみながら飲めるじゃない』

「そうだけど、クロって本当に感性が呑兵衛だよね。歳だって人間的に考えたら40近くみたいだし、仕事帰りに居酒屋をはしごしてそう」

『それもまた乙なもんだよ? ボクはぬいぐるみだから飲めないし食べられないけど、一軒また一軒と飲み歩く事でそのお店の特色も味わえるから言うなればお店のバイキングを楽しんでるようなもんだよ。一軒一軒で飲む量を少なめにすれば問題ないしね』

「まあそれはまた今度だね。さて、そろそろ仕上げていこうか」

『うん。さあ、再開してこー!』



 ボウルにサラダチキンや刻んだ梅、千切りにした大葉を入れてめんつゆを混ぜ合わせ、私はそれをお皿に盛り付けた。そしてちょうどよく冷やご飯が温まったのでそれらをリビングのテーブルの上に持っていき、冷蔵庫に入れていた低アルコールビールを取り出してそれもテーブルの上に置いた。



『かんせいー! お酒のおつまみとしても良いけど、ご飯のお供にもなりそうだからこれはどちらも進みそうだね』

「そうだね。それじゃあそろそろ食べようかな」

『うん! 本当は作ってから少し置いておいた方が味が染みて美味しいそうだけど、今日はお疲れだしもう食べちゃお~!』

「うん」



 私はいただきますと言ってからサラダチキンと大葉の梅和えを一口分掴んでそのまま口に運んだ。噛んだ瞬間に割いても少し歯応えのあるサラダチキンの味わいと梅の酸味、大葉の風味が口に広がった。



「……うん」

『うんうん、良いよねぇ。梅のエキスと大葉の風味がしっかりと染みたサラダチキンを噛んだ瞬間に和の風が口の中を吹き抜け、酸味が食欲を増進させる事でもっともっと、と頭が体が訴えかけてくるこの感覚。はあ、たまらんよ~』

「そうだろうね。とりあえず低アルコールのビールも飲んでみようかな」

『普段はしっかりとアルコールの入ってるのを飲んでるから少し物足りないかもしれないけどね』

「かもね」



 私はまた一口食べてから低アルコールビールを一口飲んだ。



「……うん」

『コクはあるわけだし、冷やした分もあって飲んでて気持ちいいよね。そしておつまみとして最高のものもあるわけだし、本日も華金としては本当に良い夜だよ』

「そうだね」

『ねえ、ところでこれはどう? 何か感じた?』



 私は首を横に振る。



「特には」

『即答か……まあ良いよ。のんびりとやっていけば良いんだから』

「そうだね」



 私はまた一口掴んで口に運んだ。そしてクロが楽しそうに話すのを聞きながら私の夕食兼晩酌の時間はゆっくり過ぎていった。

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