第十夜 枝豆とIPA
金曜日の夕方頃、いつものように仕事に励みながら終業近くになった事で緩んでいく職場の雰囲気を感じていた時、私の頭にはある食べ物が浮かんだ。
「……枝豆、どうやって食べよう」
先日、近所のスーパーでやっていた福引きで枝豆1キロが当たった。それは良いのだけど、食べる機会を中々作れなかったため、今は冷蔵庫の中で保存している最中だったのだ。
そうして仕事をしながら枝豆の食べ方について考えていた時、いつものように石山さんと貫地谷さん、そして数日前に入ってきた新人の
「良いわね、枝豆。夏らしいし、ビールと一緒に食べるのが定番かしら」
「あっ、たしかに良いですね。三村さんは枝豆、好きなんですか?」
「特に好きというわけじゃないですけど、スーパーの福引きで1キロも当たったので食べる機会を作らないとって思ってたんです」
「1キロはスゴいですね……でも、1キロもあれば料理のしがいはありそうです」
「九十九君は料理をする方なの?」
「はい。実家が定食屋をやっているので昔から料理は仕込まれていて、毎日自炊してます」
「料理男子、良いねぇ……それじゃあ枝豆の食べ方も色々知ってるんじゃない?」
九十九君は顎に手を当てながら考え始める。
「そんなに多くは知らないんですが、やっぱり一番なのは塩茹でだとは思います。シンプルで簡単だからこそ失敗しづらいですし」
「それがやっぱり一番にはなるよね。塩茹でした枝豆をつまみながらビールをゴクゴク飲む夏……はあ、今から飲みたくなって来ちゃった」
「後は焼くのも良いですよ。ガーリック焼きやバター醤油焼き、ホイル焼きもありますし、同じく夏に美味しいトウモロコシと一緒に揚げるのも良いみたいです」
「へえ、思ったよりも色々あるのね」
石山さんが感心したように言うと、九十九君は微笑みながら頷く。
「はい。合わせるお酒もビールの他に日本酒も良いですし、色々試せるはずですよ」
「ああ……もう待ちきれない! 冷凍のでも良いから帰りに枝豆を買って帰る!」
「私もそうしようかしら。三村さんも色々参考になったんじゃない?」
「そうですね。九十九君、どうもありがとう」
「い、いえ! お役に立てたようでよかったです……」
九十九君は顔を軽く赤らめ、石山さんと貫地谷さんは何がおかしいのかクスクス笑っていたが、私は気にせずに仕事を再開した。そして終業後、私は最寄りのスーパーに寄ってニンニクや赤唐辛子、黒こしょうやIPAを明日の朝に食べる菓子パンと一緒にカゴに入れて会計を済ませて家に帰った。
「ただいま」
『おっかえりー。今夜はなになにー?』
「この前当たった枝豆を台湾風にしてIPA飲みながら食べようかなって」
『ほう、枝豆とIPAですかな。IPAは海上輸送中に傷むのを避けるために防腐剤の役割を持ってるホップを多量入れた事で香りと苦味が強くなったけど、慣れてくるとその味わいがクセになるという飲めば飲むほどハマる一品。それを飲みながら台湾風にして辛くなった枝豆をパクパク……くうー、これはたまらんよ。でも、“教わった”のは別の食べ方じゃなかった?』
不思議そうなクロに対して頷きながら答える。
「そうだけど、そういえばこういう食べ方もあったなと思ったから変えたんだ」
『なーるほど。まあ華ちゃんは料理が得意だし、色々な食べ方も知ってるしね。今日で全部食べずに後日教わった食べ方をしても良いんじゃない?』
「そうだね。それじゃあまずは着替えようかな」
『だねだね。それじゃあご飯のために頑張ろー!』
「はいはい」
私はIPAを冷蔵庫に入れてから部屋着に着替えた。そして鍋でお湯を沸かしながら枝豆を程よい量取り出してからサヤの両端を少し切り落として流水で洗い、塩揉みをしてからお湯に入れて灰汁抜きをしながら茹でる。
茹でている間にニンニクをみじん切りしたり赤唐辛子を輪切りにしたりしてから黒こしょうや胡麻油と混ぜ合わせて枝豆に和える調味料を作っておく。そして枝豆が茹で終わったのを確認してからザルにあけて水気を切り、さっき作った調味料を和えた。
『いー感じに出来上がってくね。これはご飯も欲しくなるよ』
「私は良いけど、まあこれだけだと足りないだろうし、ご飯も温めようか」
『それがええ。いーっぱい食べていーっぱい大きくなりんさい』
「クロ、なんだか世話好きのおじいさんみたいだね」
『ボク自体はまだまだピチピチの若者だけどね。でも、犬の年齢に換算したらどうなんだろ……華ちゃんと出会って六年くらいだし、それだと四十歳なんだったかな』
「もうだいぶ良い歳だったね」
冷やご飯を温めながら言うと、クロは軽く鼻を鳴らした。
『ふふん、気持ちは若者で実際はダンディーな男の魅力に溢れてるって事さ。さあさ、そんな事はさておき、そろそろ食べよう!』
「そうだね」
ご飯が温まった後に私は枝豆とIPA、そしてお茶碗に移したご飯をテーブルに運び、箸を手に持った。
「それじゃあ、いただきます」
しっかりと挨拶をしてから私は台湾風の味付けをした枝豆を口に運んだ。
「……うん」
『コクもあってピリ辛、だからこそビールにもご飯にも合う。良いよね、そういう関係性も』
「そうかな」
『そんなもんだよ。そのままだとちょっと敬遠する人もいるけど、苦味と旨味があるビールやふっくらとしていて甘味があるご飯が手を引いてくれるから台湾風の枝豆もこうしてパクパクと食べてもらえる。食べ物と飲み物の素晴らしい友情物語にボクも感涙だよ』
「辛さで泣いてるんじゃなくて?」
クロは得意気に言う。
『ボクは辛いからってピーピー泣かないよ。泣く時はワーンワーンって鳴くのさ』
「ワーンワーンだったら結局泣いてると思うけど」
『ワーンワーンだけに“一々”つつかないの。ほら、せっかくのIPAなんだからしっかり味わいなさい』
「うん」
私は枝豆を食べてからIPAをゴクリと飲んだ。ピリ辛の枝豆で軽くヒリヒリする口の中に強い香りと苦味が広がり、人を選ぶ味わいだなと感じた。
「……うん」
『ビール自体が大人の味だけど、IPAはより大人の味って感じするよね。にしても、教えてくれたのが新人の九十九君か……彼の料理、食べてみる気はない?』
「ないかな」
食べながら答えるとクロはため息をつく。
『即答、か。まあ無理強いはしないけど、ボクはちょっと興味あるかな。次の金曜日は彼の料理のレシピ聞いて作ってみよーよ。たまには良いでしょ?』
「たまにはね」
『よっしゃ、決まり! とりあえず今日のところはこの枝豆をご飯と一緒に食べながらIPAを飲んで華金を堪能しよー!』
クロの楽しそうな声に対して頷く。そしてクロが楽しそうに話すのを聞きながら私の夕食兼晩酌は今日もゆっくりと過ぎていった。
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