【3-9回想】ソンニョの作戦
こうして新たに加わったソンニョと共に、ひとまず私達はランちゃんを置いて、大きなウォークインクローゼットを後にすると、ソンニョを先頭に暗く冷たい廊下を歩いていく。
背中に生えた白い羽根に時折影が差し込むのを見つめながら、しばらく無言で着いていくと、隣からライが話しかけてきた。
「あの後、大丈夫だった?」
「……まあ」
大丈夫と言っていいのかは微妙ではあるものの、少しだけソンニョを見た後頷けば、ライは探る様にこちらを見つめた後「そっか」と言って正面を向く。
……やはり、先程ソンニョを受け入れた事を怒っていたりするのだろうか。
そんな不安と申し訳なさの中、ライから目を逸らせば、ソンニョが止まりこちらも足を止める。
「さて、とりあえず先に今晩行われる催しの説明でもいたしましょう」
「催し? 何かパーティでもするのか?」
「ええ。もうすぐ領域の開門も近いですし、今夜はその前夜祭といった所でしょうか」
シンクの問いにソンニョは答える。
話によると、夕暮れの領域の神や、特別に今回外から呼ばれた神が神殿の上層部に集まり会食が行われるらしい。
そこには勿論、この守り神ヴィンチェンも出る予定になっているらしく、他には夜明けの領域の守り神、更には魔鏡の守り神等ビッグネームな神も多いという。
そこで、ソンニョはこの機を狙いヴィンチェンの悪事をばらすつもりらしい。
「悪事をばらすって……本人の前でバラした所でやられるのがオチなんじゃないの?」
「普段ならばそうでしょうね。ですが、今回はそう簡単に手を出せる環境でない事も確か。何せ
「魔鏡の守り神ね……ま、あいつがそう乗ってくれるかは知らないけど」
「おや、知り合いですか」
不機嫌そうに呟くライにソンニョは訊ねる。ライはしばし間を置いて言った。
「腐れ縁もいい所って感じ」
「腐れ縁……なるほど」
ソンニョは目を細め呟く。
唯一分からない私とシンクは互いに見つめあった後首を傾げると、ソンニョは笑みを絶やさず返した。
「ま、とにかくその彼がこっちの味方になってくれる事を願うばかりですね」
「何だかんだ言って結局は他人頼りなんだな」
「残念ながらね」
けど、それも今晩の内ですから。そうソンニョが呟くと、ライの視線が鋭くなった。
ソンニョはそれを他所に、再び歩み出せば、人差し指を立て提案する。
「では早速ですが、皆様にはこの後着替えてもらいます」
「着替え〜?」
「仮装って事?」
シンクの嫌そうな返事に続き、私が疑問符混じりに言えば、ソンニョは笑顔で「はい」と答える。そしてとある扉の前に立つと、その扉を開き中に入る。
そこは倉庫変わりとして使われているのか、沢山の木箱や樽が置かれ、奥には壁一面を覆う様なクローゼットがあった。
「給仕の格好でもさせるつもり? いくら着替えた所でバレるでしょ」
「まあ、普通に着替えればバレます。ですが、魔術を使えば見つかりにくくなります」
「魔術ねえ……普通は対処してそうなものだけど」
ライがそう呟き、部屋を見渡す。ソンニョは私達を頭からつま先まで見通した後、クローゼットからそれぞれのスラックスやジャケットを取り出す。
それを渡されると、ソンニョによって私だけ部屋の隅に連れて行かれ、布で囲いをされた。
「では、よろしくお願いします」
「は、はあ……」
気を遣ってくれたのかな? と思いつつ、羽織っていた上着を脱ぎ、着替えていく。服にはスリットが入っており、翼が生えているのを想定して作られていた。
そのスリットから背中が外気に触れ気になりつつも、最後に渡されたジャケットを羽織る。その際、手が髪に触れ手を止めた。
(これって一応男装だから、髪型変えた方が良いよね)
折角ライから編んでもらったのもあり、解くのは勿体なく感じたが、リボンを解くと髪を流す。そして背中まで伸びた髪を指で軽くといた後、一纏めにして結った。
そこまでした所で、シンクの声が聞こえ、カーテン代わりの布を捲れば、そこには同じ格好をしたシンクがいた。
「ん、髪型変えてる」
「一応男装だし」
「今までも男装だったろ」
「それはそうだけど、もう色んな人に見られているしね」
「……まあな」
そう言うと、シンクは自分の髪を指で巻きながら確認する。どうやらシンクも自分の髪型が気になったらしい。
黄金色に輝く前髪をかき上げては、分け目を気にしていじっている様子を眺めていると、ライもまたやってきて会話に混じる。
「髪型が気になるの?」
「ああ。コハク見て俺も気になってさ」
私の名前にライの視線がこちらを向く。そして「なるほど」と呟くと、ライはシンクの前に立ち、どこからともなくワックスと書かれた小さな容器を取り出す。
「前髪あげちゃお」
「お?」
ライによって髪型が変えられ、普段は隠された額が露わになる中、シンクは感慨深く声を漏らす。
いつもとは違う髪型に、私も「良いじゃん」と呟けば、シンクは満面の笑みを浮かべ、鼻を指で擦った。
と、そこに待っていたのかソンニョがニコニコしながらこちらを見ていた。
「あ、ごめん。盛り上がって」
「いえ。微笑ましくて良いかと」
謝れば、ソンニョは笑みのまま答える。そんな彼にライは腕を組みながら訊ねた。
「それで、魔術って具体的には?」
「そうですね。先ずは……」
ソンニョはシンクを見ると右手を伸ばす。シンクは首を傾げると、足元に魔法陣が現れ、ゆっくりとシンクを取り込む様に上がってくる。
白い光で目が眩みそうになりながらも、シンクが心配になって名前を呼べば、陣が消えた時には、シンクの背中には翼が生えていた。
「お、お……?」
背後で羽ばたくそれに、シンクは振り向いてはその場を回る。そうした後、ようやっと羽根をに触れれば、興奮した様子で叫んだ。
「すげぇ⁉︎ 魔術でこんな事も出来るんだな⁉︎」
「魔道具には及びませんがね。あくまでも一時的に生えているだけで」
「感覚はあるの?」
「ある。けどなんか変な感じ」
ソンニョが答えた後、私がシンクに訊ねれば、頷きつつもソワソワとして羽根を見ながらシンクは言った。感覚があると言う事は痛覚もあるのだろうか。
何となく気になって、シンクの羽根に触れようとすれば、いつの間にか私の足元にも魔法陣が現れ、背中に重みを感じる。後ろを見れば真っ白な翼が生えていた。
「!」
驚き意識を向ければ、翼がパタパタと動く。手を伸ばし触れてみれば、尻尾とはまた違う柔らかさを感じた。
「ふわふわしてる……」
「お、マジで?」
私の言葉にシンクも何故か私の翼に手を伸ばす。そして軽く触れれば、シンクは「おぉ」と声を上げた。
「すごく羽毛」
「そりゃ羽毛ですから」
シンクの感想にソンニョは冷静に返す。そしてその間に準備が出来たライを見るなり「さあ行きましょうか」と言って、部屋を後にした。
※※※
日が暮れ、私達はソンニョによってそれぞれの仕事を振られ、見様見真似で他の給仕に混じって動いていた。
「カリン。そちらの準備は終わりましたか?」
「あ……はい」
出来ましたと答えれば、配膳係のリーダーである女性は真面目な表情のまま頷く。
彼女から呼ばれたカリンという名前は、ソンニョが考えた即席の名前だった。ちなみにシンクはシン、ライはレオンである。
他に任されていた仕事をする為に、用意の出来た大きなテーブルから離れると、ちらりと他の場所でそれぞれ働くシンクとライを見る。
(今の所は問題ないか)
大量のワインの瓶を運ぶシンクに、慣れた手つきで均等に皿を並べるライを確認し、自分の仕事をする為に、会場を後にする。
神々が来場するまで後一時間。先程のリーダーの話によれば、既に客室には来ている様だ。
催しの時間が近づくにつれ緊張が高まる中、無意識に小走りになっていると、曲がり角で危うく誰かとぶつかりかけてしまう。
「わ、わ……! す、すみません!」
ギリギリで足を踏ん張り立ち止まった後、頭を下げて謝る。すると、影が差し込み顔を上げれば、そこに立っていたのはリアン先生だった。
互いに目を丸くさせ先生と呼びかけた後、ハッとなり口を抑えれば、リアン先生は見下ろしたまま、何故か距離を詰めてくる。
表情は無表情。だが、何となく怒っているのを察すれば、つい目を逸らしてしまった。
(どうしよう……)
何と説明すれば。いや、まず先生は何に怒って……
そう悶々として俯き考えていると、先生から溜息が聞こえてくる。そして、辺りを見渡した後、私を壁に押し付け顔を近づける。
(え……?)
近い顔にどきりとすれば、先生は耳元で呟いた。
「こんな所で一人とは。感心せんな」
「せ、先生……?」
普段とは違う、愛を囁く様な甘い声。距離の近さも相まって心臓がバクバクと音を立てる中、先生は口角を上げ、より顔の距離を近づけた。
夜明けの氷狼 チカガミ @ckgm0804
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