【3-8回想】神に逆らう天使
出てくると、気配に気づいたのかランちゃんが振り向き驚く。そしてみるみるうちに涙を溜めると、私も辛くなって駆け寄り抱きしめた。
「ランちゃん……!」
「っ、コハクちゃん……! 私、私……!」
小さく震え、腕の中で涙を流すランちゃんの頭をそっと撫でると、絞り出す様に話し始める彼女に耳を傾ける。
シンクも辺りを警戒しながらこちらにやってくれば、悲痛な表情を浮かべ見下ろしていた。
「私……っ、何も分からなくて」
「うん……怖かったよね。急に連れて行かれて」
私の言葉にランちゃんは何度も頷く。けど、涙を拭いながら、彼女はぽつりと「もう帰れない」と言った。
それに対して「どうして」と訊ねれば、顔を手で覆ったまま言った。
「私はもう、ここから出たら死んじゃうから」
「えっ」
「なっ……死ぬって、誰が」
「この領域の守り神様が」
シンクの問いにランちゃんがそう答える。けど俄には信じ難い話である。そう言ってランちゃんを止まらせようという意図もあるのではないか。
言葉をランちゃんは俯いたまま涙を溢していると、シンクが怒りを滲ませ呟いた。
「ここから出たら死ぬって、何だよそれ。何が守り神だよ」
「……だから、早く。コハクちゃんとシンクくんは逃げて。私のせいで二人まで辛い目にあって欲しくないから」
「ランちゃん……」
その守り神の言葉を信じるか否か。とはいえ、どちらにしてもランちゃんを返す気は更々無いのだろう。それを何よりも本人が一番理解している様で、涙交じりに謝ってくる。
言葉に詰まっていると、シンクが肘で小突いてくる。「何?」と言うと、シンクは真面目な顔をして言った。
「どうする?」
「どうするって……それは勿論、ランちゃんを助けたいよ。けど」
どうするべきか。いくら理不尽だと言っても、相手は守り神である。そしてそれに仕えている者も多い。
それに、先程はライがどうにかしてくれたものの、何度も彼に任せる訳にはいかないだろう。
全く想定していなかった訳ではないが、こうして目の当たりにすると、思った以上にもどかしく感じた。
しばし唸っていれば、外から足音が聞こえてくる。その足音に三人して慌てると、ランちゃんが近くにあった大きめのクローゼットを指差す。
言われた通りシンクと二人で入ると、最後にランちゃんが扉を閉める。そして間を置いて外から男の声が聞こえた。
「いかがしましたか。蒼き姫。何かドレスに不満でも? それともネズミでもいらっしゃいましたか?」
「……いえ」
動揺もなく静かにランちゃんは答える。それを聞いた相手もまた声色を変えず、「そうですか」と笑って返した。
「まあ、こんな所に忍び込む輩など早々居ないでしょう。もし居るとしたら相当の命知らずかと」
「……」
「ご興味がないといった様子ですね」
「……ええ」
「ふふ。じゃあ本題に入りましょう。昨日もお話しした通り、私はヴィンチェン様のお考えには反対を意思を持っています。いくら蒼の城システム作ったお偉い人といえど、最早
男の提案はこうである。要するに助けてやるから代わりに自分の願いを叶えてくれという事らしい。願いを叶える事自体がランちゃんの身を危険に晒すという事なのに、何を言っているんだと思う。
呆れを通り越し怒りが滲む中、男は続けてこう言った。
「願いを叶える……と言っても、何も蒼の城を発動しろとは言っていません。ただ、貴方にはこちら側についてもらいたのです。古き神々ではなく、新しい時代を開く神の側に」
「神……? 何言っているの。貴方、翼人じゃない」
「はい。私は翼人です。ここでは天使って呼ばれてますけどね」
「天使なら……どうして神に逆らうの?」
「それは勿論不満があるからです。何も天使だからと言って神の我儘に振り回されていたらこちらも身が持たないんですよ」
「……まるで、人間みたいね」
「ええ。そうでしょう。……なので昔はよく言われましたよ。醜い奴だと」
そう言う彼らこそ醜いのに。
男は淡々とそう言うと、空気を変える様に手を叩く。
「話を戻しましょう。是非、こちら側へ。勿論手筈は付いています」
「その手筈は何なの?」
「それはまだ」
「だったら手を貸せない」
「しかしそう言っても、いずれ貴方はヴィンチェン様に良い様にされるだけです。……変えられるのは今ですよ」
男はそうランちゃんに迫り続ける。と、そこで痺れを切らしたのか、シンクが舌打ちし扉を開ける。
制止する暇もなく、手を伸ばしたまま固まると、外にいたランちゃんは青ざめる。それとは別に話していた翼人の男は笑みを浮かべる。
「どこに行ったかと思いきや、ここにいましたか。強めの薬の割には目覚めが早かった様ですね」
「っ、てめえか……! あの部屋に連れてきたのは!」
「ええ。そうですよ。けど感謝してもらいたいですね。あのままだと貴方達、間違いなく兵士達に八つ裂きにされていたでしょうから」
「っ……」
男に言いくるめられ、シンクは口籠る。
勢いよく出てきたものの、早くも出鼻を挫かれたシンクを他所に私が前に出ると、男は目を丸くさせた。
「おや……よく見たら貴方はもしや、インヴェルノの姫ではありませんか」
「ご存知なんですね」
「それは勿論。何せ美しき獣の姫。その髪色や瞳で分かります。……ま、さっきはそんなの気にしてられませんでしたが」
くすりと笑んだ後、男は歩み寄る。見た感じ優しげではあるが、先程の話といいやはり裏がありそうな人物だった。
視線を逸らさず見つめ合えば、男は手を差し出してくる。
「貴方も経験したでしょう? 神々の理不尽な我儘に。それによって受けた差別や偏見に」
「……だから、味方になるから手を貸してくれと? 」
「ええ。理解が早くて助かります」
どうします? と、男は訊ねる。
私は手を見つめていると、背後から肩を掴まれ振り向く。そこにいたのはライだった。
シンクも気付かなかった様で、突然現れたライに驚いていると、ライは荒い息混じりに言った。
「申し訳ないけど、遠慮しとくよ」
「貴方は……ふふ、そうですか。しかし、貴方はその気でも、当人はどうでしょう? 私は姫である貴方に答えて欲しいのですよ」
「……」
そう男に言われ、私は一瞬だけライを見る。
正直なところ仲間はいっぱいいた方が良い。それは自分の力不足な点も含め、劣勢に立たされているからというのもある。
だがその一方で、この理由のつかない胸騒ぎを見て見ぬふりが出来ないのも確かだ。
最後に男の背後にいたランちゃんを見れば、心配そうにこちらを見つめているのが見え、小さくごめんと謝ると改めて男を見て言った。
「話次第では手を貸します。だから、明かしてください。貴方がやろうとしている事を」
「コハク……⁉︎」
「……いいでしょう。仕方がありませんが、特別に明かしてさしあげます。ですが、その前に」
男の笑みが消え正面に手を伸ばすと、ライが咄嗟に前に出る。と、男の手から放たれた白い稲妻を纏ったエネルギー弾が、私達の側を通り過ぎてクローゼットを破壊する。
激しい物音を立て、砕けたクローゼットからは大きなネズミがひっくり返って動かなくなっていた。
「ね、ネズミ……⁉︎」
「ええ。先程からコソコソと見苦しかったもので。恐らくは聞いているのでしょう? ヴィンチェン様が」
唖然とするシンクの呟きに、男はやれやれと言った様子で答える。そのネズミには、今までにも壁で見かけたあの赤いルビーが背中に埋め込まれているのが見えた。
男はクローゼットに移動すると、そのネズミを手にするなり焼却する。一瞬で肺になったネズミに目を逸らせば、ライは苦々しく呟いた。
「どうして、アンタはそこまでこちらに寄ってくるの?」
「というと?」
ライの言葉に、男は首を傾げる。それに対しライは眉を顰めながら言った。
「アンタ程の力があれば、一人でも出来るんじゃないかと思ってね」
「ふむ。根拠は?」
「この神殿のあちこちにある罠だよ。領域を治める守り神の拠点ともいえる神殿でこんなにやりたい放題やってるんだ。普通だったらとっくの前にバレて締められてるんじゃないの」
だというのに、未だに無事でいられるのは何故?
ライの問いに男は瞬きすると、口角を上げる。そして一言こう答えた。
「灯台下暗し……って奴です。ただ、それも時間の問題でしょうけど」
「だから、仲間が欲しいと」
「ええ」
そう男は頷けば、ライは複雑そうに「そう」と呟く。ライとの話が終わると、男は私を見て言った。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はソンニョと言います。以後よろしく」
胸に手を当て頭を下げる男……ソンニョに、私はこくりと頷く。よろしくお願いしますと言えば、彼は僅かに頭を上げ笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます