【3-7回想】天の国にて
ケンタウロスの警備隊から逃げ出し、吹雪も止んだ頃。ようやく一息ついた頃には、薄らと地平線が明るくなっていた。
一晩眠らなかった事で身体が重く感じたが、緊張は解けず、そのまま天の国と呼ばれる街に入る。
そこは白壁の建物ばかりで屋根のない、無機質な街だった。
白い息を吐きながらも街を歩いていると、ライが前に出て行くのを制する。
「どうした?」
「……気付かれたっぽい」
シンクの問いに、ライが眉間に皺を寄せながらも答えると、それに合わせる様に辺りから鐘の音が響く。
あまりの音にシンクが驚き辺りを見回す中、私は鞘を握りじっと固まっていれば、前方から翼の生えた人々が飛んでくる。
「あっちゃー……これはやばいね」
「ごめん。あの時吹雪出したせいだよね」
「いや……あれはあれで仕方ないよ。どちらにしても詰んでいただろうし」
そう言って、ライは私の肩を優しく叩くと改めて正面を向いた。
言葉の割には大した焦りを感じず、彼と状況のギャップの差に迷いソワソワしていれば、兵士らしき一人の男が剣を片手に歩んでくる。
「貴様ら。この神域に何の用だ」
「何の用……か。まあ、そうだね。ちょっと奥の神殿に友人がいるんだけど」
「友人? ハッ……あの場所に子どもの友だちみたいな者はいないぞ」
ライの答えに鼻で笑い小馬鹿にしながら兵士が言う。ライもあははと笑うが、少しした後ため息を吐き、こちらを見る。
「ごめん。今からちょっと乱暴な事させちゃうかも」
「え?」
「ちょ、何すんだよ。ライ」
不穏な発言に私は瞬きすると、シンクが青ざめた表情で慌て出す。
それから間も無くして、ライは再び翼人を見れば、右手を伸ばした。
あ、何か唱える気だ。そう理解すれば、相手の兵士も警戒し、距離を置く。と、次の瞬間ライの周囲の空気が変わる。
「あんまり使いたくはなかったけど、手を抜いたらやられそうだからね」
「き、貴様! 何を!」
「さあ、さっさとどきな‼︎ 死にたくなきゃ道を開けろ‼︎」
まるで悪役の様な発言をしつつ、ライは右手に左手を添えると、目の前に現れた陣から激しい光や轟音と共に青いビームが飛び出す。
その兵士はともかく、背後で待機していた兵士もギリギリで避けると、ライは私達を見て目配せする。
「今のうちに行って!」
「いやいやいやお前ぇ‼︎」
「流石にやりすぎだって!」
シンクの後に私も思わず声を上げれば、ライは「いいから」と怒って顎で促す。
尚も続くビームによって辺りが混乱する中、渋々塔に向かって走り出せば、外で様子を見ていた若い兵士がこちらに気付き、槍を持って飛んできた。
「行かせん!」
「!」
槍が向かい辛うじて避けると、剣を抜き構える。だが、ここで戦えば瞬く間に囲まれてしまうのは分かっていた。
(どうする?)
ちらりと辺りを警戒しつつも、目の前の兵士とどうするか悩んでいれば、突然横からシンクの声が聞こえた。
「ああっ、くそ! 邪魔だ!」
「っ⁉︎」
「なっ⁉︎」
私の腕を引いたかと思いきや、兵士に向かってシンクは炎を放つ。火力はそこまで強くなかったが、兵士は顔を逸らし避けると、逃げる様に前へ進む私達を追いかける。
少しだけ距離が空いたのを見て、私も再度吹雪を起こし、視界を悪くさせると、ライの放つビームによる光や風で前に進む。
こうして、騒ぎを起こしながらも何とか神殿近くに辿り着けば、待ち構えていたかの様に見知った姿がそこにあった。
「あ」
「やべ」
まさかここで合流するとは。
今までに無いくらいに怒りを滲ませるキリヤに、私とシンクはそれぞれ顔を逸らす。
と、背後から兵士達の声が聞こえれば、キリヤが「こっちこい」と声を荒らげながらもそちらに呼び寄せた。
神殿に入り、キリヤと三人走っていけば、「そっちにいろ」と柱の影に指を指され、シンクと滑り込み隠れる。
足音や翼が羽ばたく音が聞こえる中、どうか気付かれない様にと祈っていると、体重が背後から掛かる。
「っ、シンク……」
「わ、悪い……」
「……シンク?」
寄りかかるシンクに小さな声で呼びかければ、シンクはどこか悪いのかぐったりとしていた。
「⁉︎ シンク……‼︎」
様子のおかしいシンクに、上体を引き寄せ抱きしめる。そして兵士達を気にしながらもシンクの状態を確認した。
まさか、逃げる際に怪我でもしたのだろうか……?
そんな不安と焦燥感に駆られる中、シンクの身体を目視で確認していると、うなじ近くに何かが刺さっているのが見えた。
「……え?」
縫い針に見えるそれに、私は恐る恐る触れようと手を伸ばす。が、ずきりと首の後ろが痛んだ事で、その手は宙を掴み、シンク諸共その場に倒れ込む。
(何、これ……身体が、動かない……)
重力に逆らえず、指を動かすので精一杯だった。
瞼も重くなる中、話し声と共に人影が差し込むと、キリヤが膝をつきこちらを覗きこむ。
(キリヤ……? 何で……?)
ちゃんと留守番しなかったから怒っていたのだろうか。けど、流石にここまでするだろうか?
戸惑いと疑念が頭の中で渦巻くが、段々と暗くなっていく視界の中、最後にキリヤの姿がぼやけるのが目に入った。
※※※
ルベウス神殿……それは、天の国にある神殿の一つであり、国の中でも比較的大きい部類の神殿らしい。
ライ曰く、ルベウスというのは宝石のルビーだというが、ルビーというのは魔石の一種であり、神殿の壁に装飾として埋め込まれているという。
「……」
床から漂う冷気に目を覚ませば、ゆっくりと身体に力を入れ、起き上がる。
幸いにもあの症状は和らいでいて、多少怠くはあったが、それでも受傷した時よりも動ける状況に安堵していれば、傍から呻き声と共にシンクも起きる。
「ったた……何が起きたんだ一体」
「毒入れられたみたい……」
「毒⁉︎ いや、そっか毒……だよな。首の後ろが痛くなったと思ったら急に怠くなったし」
そう納得しつつもシンクは溜息をつくと、顔を上げ、辺りを見回す。
壁にはライの言っていた通り、花や風をイメージした紋様と共にルビーの宝石が均等に埋め込まれている。
そのルビーを見たシンクは怪訝そうに呟いた。
「何か……暗い赤色だな。まるで血みたいだ」
「血か……」
言われてみれば確かにルビーは暗赤色をしていた。ルビーと言っても様々な色があるのだと思うが、壁紙が白いだけにはっきりと目立って見える。
次に壁から視線を移し部屋全体を見渡すと、そこは客間の様で、大理石の使われた長いテーブルを挟む様に、ルビーと似た色の赤いソファーがあった。
(誰かに運ばれてきたんだろうけど……)
最後に見た記憶を思い起こせばキリヤかと思ったが、それを否定したい思いも多くあった。
そんな有耶無耶な気持ちのまま、立ち上がりソファーに近づけば、テーブルの上に一枚の紙が置かれているのが見えた。
「何これ」
「何だ?」
紙を手に取れば、シンクが背後から覗き込む。そこには機械で打ち込み印刷された様な文字で、「早く部屋を出ろ」と書かれていた。意味が分からない。
「連れてこられたのに、早く部屋を出ろって……」
「……これ、もしかして出る方が罠じゃないのか?」
「まあ、そう考えちゃうよね」
とはいえ、いつまでもここには留まれない。
そこで、日が差す窓が目に入った私は、窓辺に近づき窓を開けると、剣を抜き外に剣先を出して探る様に振った。
もしかしたら今見えている景色が幻影で、出た瞬間変な所へ出るのではないかと思ったが、剣を鞘に納め身を乗り出して見てみても特に代わりはなかった。
ついでに左右を見た際、ここが神殿らしき建物の途中の階にある部屋だという事も分かった。
確認が終わり私が離れた後、シンクも窓の外を確認しようとして窓に近づく。だが、下を向くなりよろよろと座り込むと、ガタガタと震えながらこちらを見て言った。
「めちゃくちゃ高っ……! うわ、これ俺無理だわ……!」
「一応窓の下に出っ張りがあるから、そこを歩いていけばと思ったけど……」
「いやいや無理無理! 俺死んじゃう!」
高すぎて無理と、涙目になりながら首を横に振るシンクに、私は苦笑いして「だよね」と返す。一応提案はしてみたとはいえ、私も気は乗らなかった。
シンクの様子を見て、もういっその事紙の指示通りに扉を開けてしまおうかとも思ったが、ここに来てシンクはある物を見て声を上げた。
「そういや……今気付いたけど、ここの部屋って暖炉あるんだな」
「暖炉?」
「ああ。ほら」
指を指した方を見れば、装飾品や布に隠された状態の大きな暖炉があった。
へえと驚きの声を出しつつ、近づいては見たものの見た感じ一度も使われた様な形跡はなかった。
シンクが遅れてやってくれば、彼は布を捲り暖炉に入り込んで暖炉の中を探り始める。その様子をしゃがみ込んで眺めていれば、「あ」とシンクの声が聞こえた。
「何かあった?」
「あったあった。……よいしょ」
覗き込むと、シンクは暖炉の上にあった石製の板を叩く。頑丈そうに見えたが、叩く音からしてそこまで耐久性はないらしい。
シンクはその板を両手で押し上げると、ガコンという音と共に、板が上の方で倒れるのが聞こえた。
「ほう、なるほどな。建物の構造からしてここに暖炉があったのは不思議に思ったが……まさか隠し扉となっていたとは」
してやったりとシンクが笑めば、私も笑んで暖炉に入り込む。
先にシンクが上に上がり、腕を引っ張って引き上げて貰うと、ふわりとドレスの裾が髪を撫でた。
「お? クローゼット?」
「だな。にしても沢山あるけど」
もしかして偉い人の部屋?とシンクが小声で口にすれば、沢山のドレスの向こうから扉が開く音が聞こえる。
息を潜め様子を窺うと、数人の翼人らしき女性に囲まれて何とランちゃんがやってきた。
「っ、ラン……!」
「ランちゃん……!」
今すぐにでも飛び出したかったが、彼女の周囲にいる女性達が気になり気持ちを抑える。
ランちゃんは俯いたまま、女性達にされるがままに、選ばれたドレスを身に付けると、そのまま部屋の中央にある大きな鏡のドレッサーの前に座り化粧をされる。
会話からしてもうすぐ誰かと会うらしいが、その会話の中で気になるワードが聞こえた。
「大丈夫ですよ。きっとヴィンチェン様が導いてくれます」
「ええ。だって、貴女は希望の星。人々を救う青い鳥なのですから」
ヴィンチェン……聞いた事の無い名前だが、彼女達の様子からして主なのだろう。恐らくはその人が全てのきっかけなのではないか。
そう思い、無意識のうちに剣の柄を握りしめると、彼女達がいなくなった隙を見てゆっくりとドレスの下から出た。
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