【3-6回想】見えない敵(キリヤside)

 夕暮れの領域に忍び込んでから、早くも二日が経とうとしていた。

 ケンタウロスの警備を抜け、本陣である天の国に入った俺は、そこで合流した同志達と共に、その中心……ルベウス神殿に入り込んでいた。

 二回目の夜が訪れたが、それまでに一度の休息もなく。疲労が溜まりつつある身体に鞭打ちながらも、拳銃片手に神殿を進んでいると、気配を感じ柱の影に隠れる。

 間を置いて廊下から現れたのは、二人の翼人の男だった。服装からして警備兵である事が分かった。

 気付かれぬよう気配を殺して、去っていくのを見送った後、進む方向へと足を歩めると、どこからか声が聞こえる。


『ふふ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ』


「……?」


 優しくも何処か影のある声。それは進む度にどんどん大きくなっていった。


『私は貴方の味方です。ええ。あくまでも貴方を人として扱いますから』

『なので、ここは一つ。私に手を貸してくださいませんか』

『大丈夫。貴方を傷付けたりはしませんから。……ね?』


(……ここか)


 先程警備兵が現れた路地裏の様な細い廊下。その奥にある、人と同じ身長の固く閉ざされた扉から声は聞こえた。

 触れる直前に、魔術で罠がないか扉を探ると、案の定陣が現れパチリと火花が飛んだ。


(やっぱ、罠はあるよな)


 力のある魔術師ならば、上手く罠を解除出来るかもしれないが、そんな力もましてや時間もない以上は別の策を考えるしかない。

 ちらりと背後を警戒しながらも、目の前とは別の部屋を探ろうと、扉から離れた時、部屋から聞こえてきたのはよく耳にした少女の声だった。


『いやっ……やめて……お願い』

「……っ」


 足を止めて振り向くと、その少女の声に合わせる様に、物音が聞こえた。

 少女の弱々しく怯えた声と、男のやけに甘ったるい声が、嫌でも鼓膜を震わせると、無意識に焦る気持ちが高まる。


(このまま正面突破しちまうか? だがそれをしたら)


 この神殿の最下部に残してきた同志達を思い出す。ここで、情に駆られてしまったら何もかも終わる気がした。

 だが、同時に脳裏に浮かぶのはコハク達と並んで歩く青髪のあの少女の姿である。

 心臓が激しく振動を立てる中、次第に声が大きくなる扉に足が進みそうになると、不意に近づいてくる駆ける様な足音に気が一気にそちらに向いた。


「なっ……⁉︎」


 突如現れる真っ白な髪の男。フードや前髪で顔がよく見えなかったが、左右色違いの瞳が目に入ると、勢いよく床に押し倒された瞬間、床に陣が現れる。

 何なんだ一体と声を荒らげれば、男は唇に人差し指を立てた後、陣を発動させる。

 すると、陣の光に視界が覆われる直前、上に乗る男の背後から警備兵の姿が見えた。どうやら追われていた様だ。

 強まった光が和らぎ、肌を刺す冷たさと共に、外に出た事を認識すると、男は俺の上から退き手を伸ばす。


「突然申し訳ないね。追われていたものだから」

「……お前、何者だ」


 先程と打って変わって柔らかな空気を出しながら笑う男に、伸ばされた手を掴まず見上げて問えば、男は口角を上げる。


「グレイシャ・セヴァリー。いつもうちの弟が世話になってます」

「セヴァリー……弟……ああ、成る程な。あいつがよく話していた兄貴か」


 言われて確かに、左目の紫水晶の様な瞳といい、顔立ちといい、弟のライによく似ている部分がある。

 納得はしつつも手を取らずに立ち上がると、「で」とグレイシャに言う。グレイシャはキョトンとすると、手を下ろし言った。


「その様子だと何をしにきたかって……事だよね?」

「ああ。見た所天の国の奴らと手を組んでいる訳じゃなさそうだが。あの場所で何をしていた」

「んー……そうだね。強いて言えば、監視かな」

「監視……ねぇ」


 全く兄弟揃って監視かよと、げんなりしていると、グレイシャは笑みを浮かべたまま話を続けた。


「一応誤解のない様に言っておくと、対象は君達じゃないよ。俺が見てるのはこの領域の動き。前々からきな臭かったからね」

「だったらもう既に異常だって事は分かるんじゃねえか? なのに、何故動かねえ」

「確かにね。けど、君の言う異常と、俺が見ている動きは恐らく別の物だ」

「……別のもの?」


 よく分かんねえなと返せば、グレイシャは苦笑いを浮かべる。

 冷たい風が強く吹き始める中、グレイシャは腰に手をやり「そうだな」と呟いた後、急に真剣な表情になって言った。


「先程、君はあの扉を開けようとしたよね」

「扉? ……あれか」

「あれは今、俺が監視している【対象】が仕掛けた罠でね。少しでも魔術を探知すると発動する仕組みになっている」

「魔術……な」


 つまりは、扉の罠を探る際に使った魔術に探知したという事だろう。話を聞けば、あの声も人を惑わす魔術の一種らしい。

 こっちの行動を逆手に取ったやり方に、悔しくも敵ながら感心してしまう所もあるが、それはそれとしてあの声はすごく気分が悪いものである。

 顔を手で覆い長い溜息を漏らすと、グレイシャは表情を変えず言った。


「この先も恐らくアイツはそう言うのをしてくると思う。だから、くれぐれも注意してほしい。

「……」


 グレイシャの忠告に、俺は頷く事もなく、ただ静かに「頭に入れておく」とだけ返し、グレイシャから離れていった。


※※※


 再び神殿内に入り込むと、最下部で見回っていたハルキやベニートと合流した事で、とりあえず三人で報告し合った。


「そっちはどうだった?」

「相変わらず警備が半端ねぇっす。ベニートは?」

「こっちも同じだな」

「そうか」


 俺の問いに対して、ハルキとベニートはそれぞれ答える。

 二人は互いに狐の半獣人であり、同じ同郷の生まれである。

【獣人解放戦線】などと呼ばれる俺達の集まりは、かつてインヴェルノの兵士団長であったトネ・カヴァリエリの息子・カナタが立ち上げたものだ。

 そのカナタは今別の階にいると思うが、もうそろそろこちらに降りてくるだろう。


「にしても、何でまた急にこんな事になっちまったんスかね。巷じゃ俺達の仕業みたいに言われてるみたいっすけど」


 ハルキの呟きに、俺は壁に寄りかかり「さあな」と答える。

 俺だっててっきりカナタが早まったのかと思ったが、当の本人はランを攫っていないと言うし、攫った人物は以前分からぬままである。

 が、俺としてはグレイシャの話も合わさって、少しずつその人物が見えてきていた。


(あの罠。人を惑わす魔術の一種と言っていたが……)


 罠を発動させる前、あの扉には確かに誰かがいた。そして恐らくはそいつが、ランを攫った犯人でもあるのだろう。

 だがその一方で気になるのはその人物がやろうとしている事である。グレイシャは俺達の願いに最も近いと言っていた。

 願いが近いと言う事は、俺達の考えに近いという事。それはつまり、少なくともこの領域の奴らとは考えが違うという事にもなる。

 味方か? いや、そんな訳がない。もし味方ならば、こっちに不利にする様な事はしない筈だ。


(思ったよりも厄介な奴が絡んでいるみたいだな)


 初対面とはいえ、あのライの兄が危険だと言う人物だ。これはかなり気を付けなければいけないのではないか。

 そんな事を考えていると、遠くから連打する様に何度も鐘の音が鳴り響く。

 その音にハルキとベニートも気が付き、立ち上がり様子を伺えば、足音が忙しく辺りから聞こえてくる。

 咄嗟に物陰に隠れれば、その際に警備兵の会話が耳に入り、耳を傾けた。


「ケンタウロス部隊が侵入者を見つけたらしい!こちらに向かって来ているとのこと!」

「ったく、もうすぐ重要な式典が近づいてるってのによ! それで、侵入者は何人だ⁉︎」

「三人だ! しかも話を聞くと二人は子どもだと!」

「子ども⁉︎」


(三人……そのうちの二人は子ども……)


 まさかとは思った。だが、流石にコハクの事だ。大人しく待っていると思いたい。

 そう願いつつ、警備兵が離れ手薄になったのを確認すれば、ハルキとベニートに視線で指示を出し、動き出した。

 

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