【3-5回想】白い風

「リアン先生⁉︎」


 思わず驚きの声を上げると、リアン先生はこちらをちらりと見た後、再びブーリャの方を向く。

 驚きの表情を浮かべていたブーリャは、そのままリアン先生を睨みつける。そして今まで以上の声量で声を荒らげた。


「今更何の用だ‼︎ リアン・シルヴァー‼︎ 」

「ほう。この状況を見て分からないのか我が息子よ」

「っ⁉︎ ……っ、まさか手を組むとでも言うのか‼︎」


 怒りを露わにするブーリャに対し、リアン先生はさもありなんといった様子で笑みを浮かべ、私の肩に手を置き見つめる。

 その態度によりブーリャが激昂する中、今度はリアン先生とは逆の方向に身体を引き寄せられ、腕の中に閉じ込められる。

 顔を上げると、ブーリャと同じく眉間に皺を寄せるライの顔があった。


「コハクに触れるな」

「何だ。嫉妬か。折角助けてやろうとしたというのに」

「アンタの手助けなんか要らない」

「……その身体で言われてもな」


 そうライの怪我を見てリアン先生は鼻で笑う。

 ライはより腕に力を込め私を抱きしめると、勢いよく駆けてきたブーリャの姿を確認し、後方へ飛び避ける。

 残されたリアン先生は、ブーリャが振り上げたその大剣をただ静かに見つめていると、ゆっくりとそれに向かって手を伸ばし素手で受け止める。

 振り下ろされた剣はリアン先生の手のひらを傷つけ、地面に血が滴るが、当の本人は痛みに顔を歪める事なく、変わらず笑んでいた。


「っ……」

「どうした? ここまでか?」

「なめ、るな……!」


 挑発されたブーリャはより大剣に力を込める。

 流石のリアン先生も徐々にその手が押されていったが、顔まで大剣が迫ってきた瞬間。


「っ⁉︎」


 急激に大剣を掴み右側に振り払うと、ブーリャは横に転がるように地面に叩き付けられる。

 リアン先生は負傷した右手を振った後、傷を摩りながらブーリャを見下ろし言った。


「見逃せば、今回は許してやる。春鈴シュンリンの命だろう? あの女は私には刃向かえまい」

「っく……‼︎」


 リアン先生の言葉にブーリャは悔しさを滲ませる。それを他所に、リアン先生はこちらを向けば歩み寄ってくる。


「さて。コハク・ルブトーブラン」

「は、はい……!」


 ライの腕の中で返事をすれば、リアン先生は橋の先を指差して言った。


「ラン・シエルブルーは夕暮れの領域にある、ルベウス神殿の最上階にいる事が分かっている。行くなら今の内だ」


 早く行けと言われ、礼を言う。一方でライは複雑な表情を浮かべリアン先生を見ていたが、シンクに呼ばれた事で後から追ってきた。

 空が徐々に暗くなる中、どうにかして橋を渡りきれば、高く白い壁と共に学園の建物の何倍もありそうな門が目に入る。

 ここまで来る間に何故か傷が癒えたライは、閉ざされた門の扉を何度か軽く叩くも、首を傾げると「やっぱり無理か」とぼやいた。


「もっと気合い入れて押したら開くんじゃないか?」

「無理だよ。巨人でも数人は必要だ」

「じゃあ壊す?」

「それはもっと難しいかな。まあ正面突破は最初から諦めていたけど」


 シンクと私の案にそれぞれ答えた上で、そうライは呟き門の周囲を見渡す。

 そして門から離れていく彼に、私とシンクは顔を見合わせた後ライについて行けば、門からかなり離れた白い壁に砕かれた様な穴があった。

 その穴は地面含めてギリギリ一人が潜れる位であり、ライがしゃがみ込み中を確認する。


「今のうちかな。俺が先に行くから続いて」

「わ、分かった」


 頷くと、ライは地面に膝をつき這う様にして穴を潜る。

 その際、自分の格好が汚れが目立ちやすい白い服な事に若干の後悔があったが、ライが通り抜けたのを確認すると、そっとその穴を抜ける。

 抜けた先は、地平線が見える位にはだだっ広い草原があり、太陽がちょこんと頭だけ地面から見えていた。

 シンクも無事に抜けた所で、ライは草原の先を見つめると、息を吐き言った。


「ルベウス神殿まではまだかなり距離があるね。これ以上進むのも危ないし、今日は野宿しようか」

「そうだね。って言っても……」


 野宿の道具はあったっけとシンクを見れば、シンクはキョトンとした後背負っていた大きな荷物を指差す。


「一応テントは持ってきたけど、寒いよな」

「寒いだろうね。それにできればすぐに動ける感じがいいかも」


 夕暮れの領域に入った時点で、あちらには気付かれただろうし。

 そんなライの言葉に、私も辺りを警戒する。と、荷物を地面に下ろそうとしたシンクが怪訝な声を漏らし、私とライは振り向く。


「どうしたの?」

「……いや、何かあっちの方で光った気がして」

「光った?」


 私に対するシンクの返しにライが反応し、改めて正面を向く。

 夜ではあるものの、空に浮かんだ星の光が強まっていく中、草原の先から中か赤い光が点滅して見える。

 しばしそれを見つめていると、その光がだんだんと数を増していき、やがて足音らしき地響きを感じ始める。


「っ、やばい! 逃げよう!」


 ライが焦り声を掛けると、私も言われるがままにライについていく。

 シンクは残した荷物を名残惜しそうに見ていたが、こちらに近づいてくる赤い光を見るなり、私達よりも先に前に出る。


「何なんだあいつら⁉︎」

「ケンタウロス部隊だろうね‼︎ 領域の境を警備してるのは彼らだから!」

「ケンタウロスって……半人半馬だろ‼︎ 下手をしたら追いつかれるぞ‼︎」


 最悪だ! とシンクが半泣きしながら走る。ちらりと振り向けば、赤い光が大きくなり、馬の足元が見えた。

 速度も体力もあちらが上。追いつかれるのも時間の問題であった。


(せめて身を隠す場所でもあれば……!)


 そう思ったが、辺りに広がるのは膝の丈までの草が広がる丘である。岩も身を隠すほどの大きさはなく、走り続けるしかない。

 長い橋を渡ったり、戦闘もあった事で、走り続けるのも難しくなってくると、遂に息を切らし足を止めてしまう。


「っ、コハク‼︎」


 少し前でライ達も止まり、こちらに手を伸ばすのが見える。と、そこでふと私の脳裏にある案が思い浮かんだ。

 足音と共に矢が風を切る音が聞こえるが、呼吸を整えて後ろを向くと、右手を正面に向け言った。


「大気の水よ霞め。大地よ凍えろ。そして……辺りを真っ白に染め上げろ」


 普段はあまり口にしない呪文を唱え、右手に冷気を集めるイメージを向ける。

 放たれた矢が左頰を掠め、痛みと共に血が滲むが、風が辺りを渦を大きく描く様に舞い上がり、やがて四方八方へと白い風が広がると視界が真っ白になる。


 ゴォォ……ゴォォ……


 強風が耳元で聞こえ、バタバタと上着が羽ばたく。周囲の声は風でかき消され、気配だけを頼りにライの元へ向かえば、彼らの腕をそれぞれ掴み前へ向かう。


「っ、コハク……!」

「今のうちに! 行こう!」

「! ……だね」


 作り上げた隙を生かし、真っ白な世界を私達は進み続けた。

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