【3-4回想】遥か昔の橋

 小屋を出て歩いていけば、その橋の全体がはっきりと見えてきた。島を繋ぐように幾つもの大きな橋が伸びており、その橋それぞれが違う種類の橋梁である。

 真っ先に目に入るのは空高くまで伸びる塔に吊り下げられた白く巨大な橋。まずその橋に乗る為に入り口を探していると、舗装された石段の道でシンクが何かを見つけ立ち止まる。


「せ……せと……?」

「ああ。遥か昔のこの橋の名前だね。だいぶ砕けてギリ読める感じだけど」


 そう言ってライは石碑らしきそれに近づくと、手を置き撫でる。

 遥か昔に出来た橋……それにしては建築方法がどことなく現代感があるのは気のせいだろうか。

 不思議に思って石碑を見つめていると、ライは顔を上げ橋を見ながら話した。


「これは俺も聞いた話だけど、この世界に神が現れる前、この世界は人間しかいなくて。技術や文明もかなり進んでいたみたいだよ」

「技術や文明か……魔術とか無かったのか?」

「無かったみたいだね。魔術も神が現れたのと同時だから」


 ただ、その技術以上の橋を建てる事は今じゃできないけど。

 その言葉にシンクは静かに「そっか」と呟くと、橋を見つめながら歩き始める。

 歩くにつれ橋に繋がる高架線が見えてくると、真下に辿り着いた所で、ライが支柱に建てられた錆びた階段を指差す。


「ここから上がろうか」

「うわぁ……中々な高さだなぁ。コハク大丈夫か?」

「そう言うシンクこそ。落ちないでよ?」


 そう笑いながら言い合う。だが、いざ登る時になると、足元から見える下の景色に脚がすくみ、血の気が引いた。


(思った以上に怖い……)


 登る度に軋む音と揺れ。手すりもかなり年月が経っているせいで錆びて脆くなっていた。

 ふと背後にいたシンクを見れば、シンクも似た様な反応をしており、微かに震えているのが見えた。


「シンク……怖い?」

「なっ、ばっ、こ、怖くねえし? つかこんな所で怖がっていたらダメだろ!」

「の、割には声が震えてる気がするけどね」


 シンクの強がりな発言に前にいたライが笑う。それにつられて私も笑めば、シンクは「笑うな」と怒った。

 そうして雑談混じりに何とか上まで上がると、橋まで伸びる真っ直ぐな道が続いていた。


「これ……辿り着くまでに果てしなく時間続きそうだな」

「だねぇ。自転車とかあれば良かったんだけど」


 持ち歩き不便だからねとライが返し、シンクはげんなりとしつつも渋々頷く。

 そこから、時刻も分からず冷たい風が吹き荒れる中、三人でその道を歩いていくと、所々剥がれ穴が空いたアスファルトの地面を見ながら私は呟いた。


「夕暮れの領域って、ここからしか行けないの?」

「まあ、今はね。後は魔術で何とか無理やり入り込めるけど」


 あまりおすすめは出来ないと、振り向き様にライは返す。

 だが以前は橋以外に船とかでも行けた様だ。


「とはいえ、ここしか行けないならせめて整備くらいすれば良いのにな。それも今の技術や魔術じゃどうにも出来ないのか?」

「そこら辺もあちらの神の都合かな。出来なくはないんだろうけど、昔色々あって夜明けの領域とは特に仲が悪いから、整備は放置してたみたい」

「ああ……」


 なるほどとシンクは頷く。

 仲悪い事は初めて知ったが、それはそれとして疑問は残る。仲が悪いのならば、

 前で二人が話す中、一人考え込んでいると、強い風が横から吹き足を止める。横を見ればいつの間にか海の上の所まで来ていた様だ。

 空の雲も次第に晴れてきた様で、日が傾き始め、光が強くなると、霧も晴れてきた事で夕暮れの領域らしき陸が奥に見えてくる。

 近づくにつれ緊張も感じる中、ようやっと一つ目の橋を渡り切った所で、ふと前を歩いていた二人が足を止める。遅れてぶつかる直前に私も止まれば、視線の先に誰かが立っていた。


「誰だ?」


 シンクが呟くと、ライは一歩前に出て言った。


「ブーリャ・シルヴァー……アンタがいるって事は、あの人もいるのかな?」

「……」


 ブーリャと呼ばれたその男性は、ライの問いに答える事なく、手にしていた大剣を構える。

 目元を隠す黒く長い前髪が、風によって時折その深緑の瞳を見せる中、私と視線が合った途端勢いよく前に飛び出し襲いかかってくる。

 突然の攻撃に私は剣を抜くが、試練以来の実戦に反応が遅かった。

 すると合間にライが入り込み、手にしていた短剣で大剣を受け止めるが、そのまま滑る様にしてライの左肩に大剣が食い込むのが見えた。


「ライ‼︎」

「っ……‼︎」


 痛みによる苦痛の声と共に地面に滴る血に、頭の中が真っ白になると息が上がる。

 その間にもブーリャはライから一度距離を取った後、再びこちらに向かってやってくる。だが、それでもライが邪魔をすると、肩で息をしながらも辛うじて大剣を受け止めた。


「っ、いきなり、女の子に攻撃するのは卑怯じゃない?」

「卑怯? バカをいうな。ここに来たという事は来たんじゃないのか」

「……っ」


 ライの言葉にブーリャは淡々として答える。それを聞いて、私はずきりと胸が痛むと、震える足に鞭打つ様にして前に出た。

 二人とは別に、動けずにいたシンクの視線も感じながら、ルーポ・ルーナを手にして鞘から引き抜くと、小さく息を吐きブーリャを見る。

 ブーリャはそれを見るなり、負傷したライを押し返すと、地面を力強く蹴ってあっという間に距離を詰めて来た。


「っ、コハク!」

「コハク……!」


 ライと同時にシンクが私の名前を呼ぶ。そのまま受け止めると力負けするのは分かっていた。

 焦る気持ちを抑えながら、しっかりとルーポ・ルーナを握り締める。そして振り下ろされた大剣から横に飛び避けると、着地してすぐに魔術を起動させる。


「氷のダイヤよ!」


 イメージと共に口にすれば、三つのダイヤが背後に現れる。ブーリャはそれを見て「追撃補助魔術か」と言った。

 彼の言う通り、今私が発動させたの追撃補助魔術の一種。剣術だけでは力の差等でどうしようも出来ないだろうと思い、考えていた戦術である。

 白い氷のダイヤが現れるなり、ブーリャに向かって氷の刃を飛ばしていくと、ブーリャは後方に飛び下がり、追撃を避けていく。

 と、その隙を狙う様に、シンクの方から炎が飛んでくると、ブーリャの視線がそちらに向けられる。


「は、はは……どうだ。俺だってこれでも出来るんだぜ……!」

「……初歩的魔術の割には中々力がある様だ。だが、弱い」


 強がりなシンクの攻撃に対し、ブーリャは褒めて下げた後、再度放たれた炎を素手で握るようにして打ち消す。

 その返しにシンクは驚き立ちつくせば、ブーリャはライや私と同じく大きく大剣を振り上げシンクに襲い掛かった。


「シンク!」


 名前を呼んだ後、ブーリャに追撃を向ける。そして同時にシンクの元へと駆け出すが、何も出来ないシンクは数歩退がる事しかできなかった。

 ライもシンクの名前を叫び手を伸ばすと、シンクを包む様にバリアが張られた。


「!」


 バリアに気付いたシンクは、咄嗟に守る為に構えていた腕を下ろす。そしてその合間に入りこみ、足払いをすれば、ブーリャはふらつき退がる。

 息を切らしながらも、ブーリャを見つめた後、ちらりと背後のシンクを見れば、茫然としてこちらを見つめていた。


「大丈夫?」

「あ、ああ……」


 キョトンとした後頷くも、シンクはどこか複雑そうな表情を浮べ俯く。

 そんなシンクに私は何も言えずしばし見つめていたが、ブーリャの様子も気になり正面に視線を戻せば、ブーリャは大剣を下ろしつつも、眉間に皺を寄せたままこちらを見ていた。


「この様子だと、願いを叶える為に来たわけではなさそうだな」

「……」


 言われ目を逸らせば、代わりにライが言い返す。


「そうだよ……時期的に考えたら分かるでしょ」

「ならば目当ては何だ。獣人族の再興か?」

「それは……」


 違うと言いたかった。だが、否定する事もできなかった。元はと言えばそれが目的だったから。

 とはいえ黙り続ける事もできず、正直と話す事にした。


「私の大事な友人がそこにいるので。助けに、来ました」

「友人。……その友人というのは、まさか蒼い城の娘か?」

「……はい」

「なるほど……だがそう言って、自分達で蒼い城を発動させる可能性も捨てきれん」


 そうブーリャは言うと、大剣をこちらに向け言った。


「武器を捨てろ。そうすればこの度は見逃してやる」

「……」


 ブーリャの提案に、私はちらりとライを見る。ライは傷を押さえながらも、こちらと目を合わせると小さく首を横に振る。

 シンクはシンクで、及び腰になりながらもブーリャを睨んでいた。

 先程の戦闘で明らかな力を見せつけられた。その上、ライは明らかに重傷である。だから、本当はこの案を飲むべきなのかもしれない。


(けど……)


 ここで諦めてしまったら、ランちゃんはどうする?

 恐怖とこの先の後悔が天秤に乗り揺れる中、剣を強く握り、ゆっくりとそれを地面に下ろそうとしたその時。


「困っている様だな」


 聞き覚えのある声に顔を上げれば、ブーリャが目を見開き大剣を構える。

 横を見れば、そこにいたのは長い銀髪を揺らし、ネイビーブルーのスーツ用コートを翻しながら、不敵な笑みを浮かべるリアン先生だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る