【3-3回想】出発
「……さて」
パタンと自室の扉を閉めた後、真っ先に向かったのはクローゼットだった。
いつも身につけていた制服や上着を掻き分けて、奥深くに仕舞われていたそれを引き出すと、様々な気持ちが湧き上がってくる。
(本来とは違う目的になっちゃったけど)
決意の証。同時にそれは、
というのも、かつて亡き父が着ていた上着に見立てた衣装だからだ。
白いシャツの袖に腕を通せば、冷たい感覚が肌を通じ身を引き締める。実際冷たさもあるが、それ以上に緊張した気持ちも大きい。
続いて白いスラックスを履き、腰のベルトを締め、ラベンダー色のリボンの様なネクタイを首に締めた後、最後に自分の身を隠し続けていた赤いブローチをネクタイに付けた所でドアのノックが聞こえ、返事すれば、ライが入ってくる。
「コハク、準備……って」
「ん、大丈夫。もう済んだよ」
振り向き言うと、茫然として立ち尽くすライに苦笑いする。それに対しライはハッとなった後、眉を下げて笑んだ。
「似合ってるじゃん。すごく」
「えへへ。ありがとう」
仕立てたのが少し前という事もあり、サイズに不安があったが、大丈夫だったようだ。
残されていた白い上着を羽織ろうとすると、ライが頭を指差しながら、やってあげようか?と訊ねてくる。
首を傾げた後、クローゼットに備え付けられてあった姿見を見て理解すると、少し照れながらも彼にお願いした。
棚から櫛やリボンを取り出し、いつもの勉強机の椅子に座れば、ライは優しく髪を梳いていく。その最中、ふとライは独り言の様に呟いた。
「もし……何かあったら、絶対守るから」
「?」
視線をこちらに向けようとすると、「今から編むよ」と言って、顔を正面に戻される。
そういえば、こうして人から編まれるのはかなり久々な気がする。かつてはアンナおばさんやキリヤがしてくれたけど、それからずっと一人でやっていたから。
髪を掬われる度に触れるライの指に、心地よさとちょっぴり熱も感じ、視線を下に向ければ、ライが話しかけてきた。
「はい。出来たよ。大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫。ありがとう」
顔を上げ手で髪を触れれば、綺麗に編まれた髪に頷き礼を言う。それを聞いてライも「よし」と言って、私の両肩を優しく叩いた。
椅子から立ち上がり、上着と共に左肩にファー付きのマントを見に着ければ、改めて姿見で確認し、自分でも「よし」と呟く。
「オッケー!」
「ふふ。じゃ、後はシンク待ちだね」
「シンク? シンクも何か準備を?」
「うん。と言っても着替えてくるとだけね」
「へぇ」
そうなんだ。と言いつつも、今朝来た時に抱えていた大きな荷物に疑問を感じていると、リビングの方からシンクの声が聞こえ、ライと部屋を後にする。
リビングに戻れば、そこには自分と似た衣装を身に纏うシンクがいた。
白いシャツは一緒だが、赤いジャケットと共に右肩には赤いマント。そしてオレンジのネクタイには青いブローチがあった。
「どうしたの。それ」
「まあ、こんな事があろうかと思って事前に準備していたんだよ」
どうだ! と自慢げに見せびらかすシンクに、私とライは苦笑いを浮かべる。だが果たして本当に大丈夫なのだろうか。
(自信満々なのは良いけど心配だな)
そうは考えても、自分だって心配されている以上言える立場ではないからシンクには何も言えないが。
無意識に腕を組みシンクを見つめていると、ライがシンクに訊ねた。
「にしてもシンク。アンタ芸術魔術のコースじゃん。戦闘とか大丈夫なの?」
「何心配するな。一応これでも基礎は学んでるからな。……しばらく使ってないけど」
「……」
最後の自信なさげな発言がちょっぴり不安である。ま、シンクの事だし多分大丈夫だろう。……大丈夫と思いたい。
息を吐き時計を見て時刻を確認した後、「さて」と二人に話を切り出す。
「どうする? 準備は出来たけど、先ずはどうやって夕暮れの領域に行くかだよね」
「そうだな。今更なんだがこの格好で電車に乗るわけにもいかないしな」
私に続きシンクも言えば、ライは頷き「そうだね」と返す。だがとっくにライには考えがあった様で、人差し指を立てながら言った。
「一応俺の連絡通路でもあったんだけど、学園内に夕暮れの領域のすぐ側までいける陣はあるんだよね」
「そうなんだ」
「おお。じゃあ早速行こうぜ!」
「と行きたい所なんだけど」
そう今すぐにも飛び出しそうなシンクを、ライは襟首掴んで止めると、ちらりと窓を見てそっと近づく。私も近づいて見てみれば、外に人影が見えた。
私達の背後から覗き込んだシンクが「誰だ」と呟けば、ライは困った表情を浮かべ「兄さん」と言った。
「兄さんって……前に話していた?」
「そう。まー、色々事情があって、こちら側の監視してるんだよね」
「「監視⁉︎」」
シンクと二人して声を上げれば、ライは唇に人差し指を立てる。
以前話を聞いていた時は、お兄さんとの仲は良さそうに聞こえていたのだが。これは一体どういう事なのだろうか。
ライを見つめていると、ライがぴくりと震える。瞬間、目の前からライが消え、気づけば彼は外にいた。
「ライっ‼︎」
窓を開けて名前を呼べば、吹雪の中ライはこちらを見上げ「先に行って」と叫ぶ。その後雪によって視界が遮られると、シンクに名前を呼ばれ、窓を閉め玄関に向かう。
その途中部屋に立てかけてあったルーポ・ルーナを手にし、ベルトに取り付けると、事前に用意していたブーツを履いて外に飛び出す。
吹雪が容赦なく肌に叩きつける中、シンクを見失わない様に追いかければ、背後から激しい剣戟の音が響いた。
「ライ……!」
「あいつなら大丈夫だろ! それよりも吹雪酷すぎるだろ……!」
「だって昨晩の予報じゃ酷いって言ってたからね」
とはいえここまで酷いとは聞いていなかったけど。
顔に痛みを感じながらもひたすらに歩いていけば、前からシンクが手を差し出してくる。
その手を掴めば、迷わない様に二人して学園を目指して歩いて行った。
※※※
学園に辿り着くと、誰も生徒等がいない中、二人して歩いていく。
いつまで休校になるかは知らないが、きっとそう長くはないはずだ。
「にしても帰ってこれるのはいつになるんだか」
「そうだね……」
上手くいけば数日……いや、もしかしたらそれ以上掛かるかもしれない。
ぼんやりとこの先の事を考えちょっと複雑になるが、その後すぐに思い浮かんだのはランちゃんだった。
(出席よりも、ランちゃんが居ない方が辛いや)
あくまでも友人を助ける為。それ以外の事を考えるのは今は余計な事である。
首を横に振り頬を叩くと、シンクが驚き「どうした」と言ってくる。
「ちょっと気合い入れてた」
「お、おぉ。そうか。……まあ、これから行く所は命懸けな所だからな」
「……」
命懸け。それを聞いて、より気を引き締める。
と、そこに息を切らしながらもライが現れた。
「ライ! だ、大丈夫⁉︎」
「大丈夫大丈夫……はぁ、何とか逃げ切れた」
「逃げ切れたって……また来るんじゃ」
「今の所は大丈夫。多分」
そう言って、膝についていた手を離すと、今度は腰に手をやり空を見上げる。見た感じ傷は無さそうだが、表情には疲れが見え隠れしていた。
とにかく無事で良かったと安堵すれば、息が整ったライが校舎を指差して「さあ行こうか」と案内する。行き先はいつもの見慣れた図書館裏。そこには外でも読める様にとベンチの置かれたウッドデッキがあった。
そのウッドデッキには雪が厚く積もっていたが、ライがその上を歩き、図書館裏の扉に手をやると、魔術によって施錠が外れドアが開かれる。
「図書館の中にあるのか?」
「うん。と言っても普通の人じゃ分かりにくい所だけど」
シンクの質問にライが返しながら、暗く冷えた図書館の中を歩くと、普段は入れない書庫の中に入る。
かなり古い本が沢山置いてあり、独特な香りがする書庫を進んでいけば、奥に布が掛けられた何かがあった。
「はい到着」
「もしかしてこれ?」
「そう。あ、一応理事長には許可取って書いてるから」
捲られたその下にあった陣を指差せば、ライは頷き答える。すると、その会話を聞いていたシンクが「許可済みかよ」と引き攣った笑みを浮かべた。
そんな陣にライは右手を付くと、小さく呪文を唱える。
「転送陣開通。使用時間三十秒」
「三十秒?」
短くない? と言おうとした途端、ライによって私とシンクは陣の上に押され、思いっきり陣を踏む。すると、視界が暗い書庫から一気に小屋らしき別の建物に変わった。
戸惑いよろめく様に陣から出ると、木の床が音を立て、恐る恐る窓辺へ向かう。
「ここは……あ、海だ」
「海⁉︎」
海というワードにシンクが反応し、駆け寄ってくる。そして窓を見るなり、「すげー!」と歓喜の声を上げた。
「初めて海見た! 本当にデカいんだな⁉︎」
「だねぇ」
目の前に広がる砂浜。その奥では波が押し寄せては引いていくのが見え、私もつい感動してしまう。
今は冬だけど、きっと夏になって晴れていたらよりキラキラしているのだろうか。
(すごいなぁ)
そう思いつつ見つめていれば、背後から足音が聞こえ振り向く。ライは私達の表情を見るなり、ニヤリとして「海すごいでしょ」と呟いた。
「ま、けど。これからが大変だよ。今日は海も荒れてるし、橋の上も滑るだろうから」
「橋?」
「そう、橋」
疑問符混じりに言えば、ライはこくりと頷き、シンクと私の間に入る。そして左側を見れば、遠くに薄らとだが橋らしきそれを指差した。
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