【3-2回想】反抗と決意

 あれからどの位経っただろうか。

 カチリ、カチリと時計の針と共に、窓に叩きつける吹雪の音を聞きながら、一人暗い自室のベッドの上で膝を抱えていると、傍に置いていた携帯から音楽が流れ始める。

 ふと時計を見ると針は朝の六時前を指していて、音楽が鳴り止んだ携帯を手に取り、着信履歴を見れば一番上にライの文字があった。

 はあ。と息を吐いた後、ライに掛け直せば、すぐにライの声が聞こえてきた。


『ごめん。朝早くに……コハク?』

「……ごめん。ライ。キリヤ、先に行っちゃった」

『え』


 ライの唖然とした声に、私は小さくまた謝れば、間を置いて慌てる様に『大丈夫大丈夫』と声がする。


『じゃあ今一人……なんだ?』

「うん」

『……シンクは起きてるのかな』

「分からない。けど、もう」


 行くのは難しいかもしれない。なんて弱音を吐くと、玄関からドアをノックする音が聞こえた。

 その音はライも電話越しから聞こえたらしく、「誰?」という質問を他所に、私はそっと気配を消して玄関に近づく。

 廊下に出た所で、風に紛れて「コハク!」とシンクの声が聞こえると、警戒を緩めて玄関の扉を開ける。


「シンク……っうわ!」


 吹雪によって冷たい風が家の中に入り込むと、真っ白な雪に塗れながらも厚着をしたシンクが家に入ってくる。よく見れば、背中に大きな荷物を背負っていた。


「っ、コハク! キリヤさんはどこに行った⁉︎」

「そ、それが……一人で……」

「ハァ〜…………ったく」


 答えれば、シンクは頭を抑えた後、低い声で呟いた。


「以前からちょっと言いたい事あったけど、流石に今回はまじで直接言ってやりてえわ」

「し、シンク?」

『ちょっと?』


 手にしていた携帯からライの声が聞こえる中、シンクは急に私の両肩を掴むと、長いため息を吐く。

 そしてグイと肩を引かれ、腕の中に閉じ込められれば、優しく後頭部をぽんぽんと軽く叩く様に撫でられた。


「従者だとか何だとか言っておいてさ。全然お前の事見てなくて。それなのに、お前ずっとキリヤさんに答えようとしてるし……その、事情とかあるからあんまりこういうの言っちゃいけないって分かってはいるんだけど」

「……」

「お前がただただ可哀想に見えて仕方なかった」


 辺りがしんと静まり返る。

 茫然としてされるがままになっていると、シンクは話を続けた。


「キリヤさんには悪いけど。あの人よりも俺の方が分かってる。だから……今、コハクが一番したい選択を選んでくれ。俺はそれに従って傍に居てやるから」

「っ……⁉︎」


 顔が熱くなる。でもそれ以上に目元が熱くなり、涙が溢れ出す。袖口で拭いながら、嗚咽混じりに「ごめん」と謝ると、再度頭を撫でられる。

 雪まみれの冷たい手袋のままというのが、不器用というか、彼らしく思いつつも、その手はとても暖かく感じた。

 それからしばらく玄関にいた事で、互いに身体が冷えてしまった中、暗かったリビングの灯りを付け、とりあえずヤカンに水を充し火にかけていると、今度は凍えた声が玄関から聞こえてくる。

 何だ何だと二人して怯えていると、シンク以上に真っ白になったライが震えながら廊下から現れた。


「電話が切れたから、心配してきたんだけど……」

「わ、わ〜! ごめん!」

「何だよ。電話してたのかよ」

「そうだよ」


 そう言ってライはくしゃみした後、赤くなった鼻を啜る。と、私達を見た後小さく笑んで、「無事で良かった」と言った。

 その言葉に私達はキョトンとすれば、それぞれくしゃりと笑う。


「ま、とりあえずさ。コーヒーとかでも飲みながら昨日の話し合いの続きでもやろうぜ」

「そうだね……予定は変わっちゃったけど」


 シンクの提案にライも頷く。

 その間にヤカンの水が沸騰し、コーヒーや自分用のミルクティーを注いでいると、毛布を肩に掛けて暖まっていたライが部屋を見渡しながら言った。


「それにしても、改めて見ると何というか……」

「質素でしょ?」

「あー……うん。ごめん」


 ライの言いたい事が分かり、苦笑いして答えれば、ライもまた同じ表情で返す。

 そう言われるのも当たり前で、高等部に上がるまではここの家はほぼ寝泊まりしかしていなかった。故に家具も最低限。食器も殆どなく、自室以外は寂しげだ。

 言われて薄暗いリビングを見渡していると、シンクがぽつりと呟いた。


「途中までは俺がコハクの家みたいなものでもあったし、図工で作ったコハクの作品とかは、まだこっちに飾ってあるんだぜ? お袋が色んな人に見てもらえるからって」

「え、まだ飾ってるの?」


 知らなかったと返せば、シンクはニヤリとして「中々の傑作だったしな」と言う。それを聞いたライもまた気になったのか、シンクを見て「どんな感じ?」と訊ねてくる。

 恐らくだがシンクが言っている作品というのは、きっとデンファレちゃんの貯金箱の事だろう。当時クラスの間でも流行っていたデンファレちゃんシリーズ。私もその中の一人で、描かれていたノートや鉛筆を集めていたくらいだ。

 そんな時に作ったデンファレちゃんの貯金箱。と言っても、既に素体として作られた専用の貯金箱に粘土で好きな形にするタイプなのだが、正直言ってあれは自分でもよく出来たと思っている自信作である。

 だが、賞に選ばれたのは今目の前にいるシンクの作品なのだが。


「とはいえ、まさか使わなくなった貯金箱がずっと飾られるなんてな……」

「良いじゃん。よく出来てるんでしょ?」

「それはまあ……そうだけど」


 嬉しいような恥ずかしいような。

 そんな感情になりつつ、二人の前の椅子に座りミルクティーを口にすれば、ライもにこりとしてコーヒーを飲む。

 そうして身体がようやく暖まった所で、話は昨日の続きでも夕暮れの領域になる。

 そこにシンクがふと昨晩の話を始めた。


「昨日の夜さ。実はキリヤさん来てたんだよ。ただお袋が怒っててさ。何があったんだって、キリヤさん帰った後聞いたら、夕暮れの領域に一人で行くからコハクをよろしくって言われたんだと」

「キリヤが……」

「……」


 それは知らなかったと言えば、シンクも困った表情を浮かべ「言おうか迷った」という。だが、その上で言ったのには、シンク自身もキリヤに対して不満があったからという。

 眉間により皺を寄せたシンクは、姿勢を正した後、私を真っ直ぐと見て言った。


「さっきも言ったけど。俺はお前の事を一人の人間として見てる。あ、この際半獣人とかそんな細かい所の指摘は無しな」

「う、うん……」

「だからさ。俺はお前を姫として見てないから。それはずっと前から言ってるの、分かってるよな」

「……うん」


 だから。そう言いかけるも、何故かシンクは口籠る。そしてちらりとライに助けを求める様に目配せした。

 ライは瞬きした後やれやれといいたげな様子でシンクを見つめ返せば、肘で小突いた後、咳払いして代わりに言った。


「要するに前からずっと心配で堪らなかったんだよね。シンクは」

「ん゙っ……!」

「そう、なんだ」


 なんか咽せてるけど。と、咳き込むシンクを見れば、涙目になりながらも「まあそんな所かな」とシンクは頷き言った。


「で、同時にランも大事な仲間だ。だからこそ、俺はあくまでも友人として行きたい。けど、一応お前の気持ちも聞いとこうと思ってさ」

「……」


 私の気持ち。シンクを見た後、先程のシンクの様にライを見る。

 今度は私が見た事で、ライは最早呆れを通り越して笑みを浮かべれば、手にしていたマグカップをテーブルに置いて言った。


「確かに昨日言った通りリスクはある。けれど、二人の気持ちも分かる。俺だってランちゃんには色々お世話になったから、シンクの意見には概ね賛成」

「ライ……」


 急がなくても良いよと、ライはシンクの方に腕を置き寄りかかりながら言えば、私は苦笑混じりに頷く。

 二人の優しさに感謝しつつ、一つ深呼吸を置いた後。私は顔を上げると、若干心にある不安を感じながらも二人に告げた。


「私も行きたい。友人として、ランちゃんを助けたい」

「!」

「うん……じゃあ、決定かな」


 ライが言うと、シンクもにかりと笑い立ち上がる。

 キリヤには申し訳なかったが、譲れない気持ちもある。……それに、キリヤとは一度ちゃんと話し合いたいと思っていた。

 ドクドクと胸が早く脈打つ中、私は立ち上がると、「準備があるから」と言って早速自室へと向かった。

 

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