【3-1回想】とある冬のこと

 年が変わり最後の学期が始まったある日の事。ランちゃんが突然いなくなった。

 最後に見られた場所は学園内という事で、しばらく学園が休校になる中、彼女の身を案じながらも自室に篭っていると、突然窓から物音がして顔を上げる。

 窓に近づくと、見慣れた姿が見え窓を開ければ、中に入ってきたのはライと抱えられたシンクの姿だった。


「おはよー、ごめん窓からで」

「い、いいけど……なんでシンクまで?」

「まあ、色々あってな」


 靴を脱ぎながら入ってくると、シンクは小声でキリヤを訊ねてくる。それに対して「いつも通り仕事で」と返せば、シンクは納得しその場に座る。

 その横にライも座れば、私もベッドに腰掛け二人を見て言った。


「まさかランちゃん探してた?」

「まあな……とはいえ出来る事は限られたけど。でもその帰りにコンビニ寄ってたら丁度ライと会ってな」

「視線を感じると思ったらシンクが中から手招きしていてさ……」


 何かと思ったらこれ買わされて。と苦笑い混じりにライは袋を持ち上げる。中には肉まんが三つ入っていた。そういや最近シンクは金欠と言っていたような。

 それを聞いて呆れた表情を向ければ、シンクは顔を背け口笛を吹き始める。ライはライでそんなシンクに対し、「後で返してね」と言うと、袋から肉まんを取り出しこちらに差し出してくる。


「ま、折角買ったし、温かい内に食べようか。丁度俺も話したい事あるし」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして。ほら、シンクも。冷めるよ」

「……金返すの卒業してからで良い?バイトするから」

「……まあ、良いけども」


 仕方がないなと言った様子でライが笑えば、シンクは渡された肉まんを受け取り、早速口にする。

 電気ストーブを付け、部屋が少しずつ暖まる中、半分程肉まんを食べた所で私はライに話しかける。


「それで話って? ランちゃん見つかったの?」

「一応は」

「まじかよ‼︎」


 どこに居たんだと、私の代わりにシンクが身を乗り出して聞けば、ライは驚いた後困った表情で呟いた。


「それがさ……どうも夕暮れの領域にいるようで」

「夕暮れ?ランちゃんが? どうして」

「それは多分……」

「「多分?」」


 シンクに続き私も身を乗り出すと、ライはより眉を下げ訊ねてきた。


「その事を話す前に質問なんだけど、ランちゃんについて二人はどのくらい知っているの?」

「何だ突然」

「ランちゃんの事?」


 シンクが首を傾げる中、私はふとランちゃんについて思い返す。

 彼女と出会ったのは中等部に入ってから。何度か彼女の家にもお邪魔した事あるけど、特に何かあるって感じではない。

 でも強いて言えば、ランちゃんは度々ライに対して何か知ってそうな素振りを見せてはいたが。

 そう思いちらりとライを見れば、彼と目が合い、改めて向き合う。そしてその感じていたものを彼にそのまま返した。


「私達は中等部以降からの付き合いだったけど、特別な事情があるとかは聞いた事がないかな。……それよりも、以前からランちゃんは、ライに対して何か知ってる感じだったんだけど、ライは何か知っているの?」

「ランが? どうなんだよ、ライ」

「んー……そうだね」


 表情は変わらず困ったまま、彼は小さく頷いた。その反応に私はやっぱりと納得すると、シンクは唖然としてライを見つめる。

 ライは苦笑した後、「ごめん」と謝れば、食べかけの肉まんを下ろし口を開く。


「彼女の事情もあって、無闇には話せなかったんだけど……そうだね。この際話しておくと、彼女は蒼の城の担い手だったんだ」

「蒼い城の、担い手?」

「それってつまり……ランが蒼い城に関係があるって事か?」

「簡単に言えばそうだね」


 驚く私達にライは頷き説明してくれる。

 蒼い城の担い手は【蒼の天使】の血を引いている者が担う事が出来、ランちゃんはこの領域でも唯一資格があるという。


「血……って、じゃあランの両親もその資格があるんじゃないのか?」

「と、思うじゃん? けどその資格は血の濃さにもよるんだよ」

「血の濃さ?」

「そう。分かりやすく言うと彼女の髪色かな」


 あの子綺麗な蒼い髪していたじゃんと言われ、シンクと顔を合わせる。普段一緒だったから気付かなかったが、言われてみれば確かに他にはない綺麗な蒼色をしていた。

 ライ曰く、それも含め資格があると見える者には見えるらしい。


「ついでに言うと、俺がそう分かったのも見えたからだよ。普段は隠されているんだけど、あの子結構魔術使えるからね。だからより目立っちゃうというか」

「そう、なんだ……」

「その見えるって何だよ。なんかピカピカしてるとか?」

「んー何というか、オーラ的なのが見えるというか」


 手を使って、頭から少し離れた場所を掴んだり離したりする彼に、シンクは腕を組み納得すると、私は肉まんの包み紙を膝に置き俯く。

 ランちゃんが蒼の城の担い手。という事は、きっとこれから行われる夕暮れの領域での蒼の城の為に連れて行かれたのだろう。

 今ライに聞くまでは、蒼の城の担い手なんている事も知らなかったが、もし願いの為にランちゃんに何かあれば。


(私達の個人的なお願いにランちゃんを巻き込めない)


 ここに来て初めて夕暮れの領域に行く事が怖くなったが、どちらにしたって、助けに行かないとランちゃんが帰って来られないわけで。

 どうしようかと迷っていると、ライに声を掛けられている事に気付き顔を上げる。


「大丈夫? すごく顔真っ青だけど」

「風邪でもひいたか?」

「あ、う、うん! 大丈夫! 大丈夫なんだけど……その、ランちゃんが心配になっちゃって」


 不安げな顔を和らげようと、無理に笑って言うと、ライは心配そうな表情を浮かべたまま、じっとこちらを見る。

 シンクはシンクで胡座をかき頬杖をつきながらも見てくれば、私の顔を覗き込んだ後、不意にもこんな事を言ってくる。


「もしや、夕暮れの領域に行くのが怖くなったとか?」

「えっ」

「もしそうなら。まだ引き返せるぞ。だがその代わりに俺は行くけど」

「シンクが⁉︎」

「何で⁉︎」


 私の後にライも声を上げると、シンクは至極当然といった様子で「ランを助けに行く」と言った。


「当たり前だ。ずっと一緒にいた仲だろ」

「そ、それはそうだけど……! それだったら私も行きたいよ! ただ、それをキリヤが許してくれるかどうか」


 それに目当ては願いを叶える事だ。願いを叶えないとなったら話は変わってくるだろう。

 けど、それでも行けるのならば行きたい。そう言うと、ライは頷くも、右手の人差し指を立てて「一つだけ」と言う。


「俺の意見としては二人が行くのはあまり奨めない。特にコハク。アンタが行く事を狙っての罠の可能性もあるから」

「罠……それって以前言っていた理事長関連の?」

「それもあるけど、俺としてはまた別の存在かな。まあとにかく、キリヤさんとも話し合って決めた方が良いと思うけど」


 真剣な表情で言われシンクと共に渋々頷けば、ライはくすりと笑った後、私とシンクの頭に手を置く。


「ま、俺も協力するからさ。明日にでも話し合おう?」

「……ま、そうだな」

「そうだね」


 よしよしと子どもの様に扱われ、シンクが微妙な表情を浮かべる。私はされるがままになりつつも、頭のどこかで焦りが強まっていくのを感じた。

  

※※※


 その日の夜、日付けが変わる直前玄関から扉が開く音が聞こえた。

 寒さで自然と丸まった身体をゆっくりと伸ばしながらも、そっとベッドから出て玄関に向かえば、雪にまみれたキリヤがいた。


「……おかえり、遅かったね」

「ああ」


 そうキリヤは頷き返すも、身体は何故か外を向いている。灯りのないリビングを見れば、急いで準備したのか、多少散らかっている様に見えた。

 キリヤ? と名前を呼べば、キリヤは間を置いた後、振り向き肩に手を置いて言った。


「すまん。コハク。お前はここにいてくれ」

「どうして? どこに行くの?」

「……」


 私の問いにキリヤは黙り込んだ後、白い息を吐いて謝る。

 いつもより遅い帰宅時間。尚且つ今からまたどこかへと行くと言う。それも私に残れと。

 嫌な予感がして、キリヤの厚い上着の袖を掴むと、キリヤを見つめ言った。


「まさか、夕暮れの領域に行くの?」

「!」

「だったら、私も、シンクやライも連れて行ってよ」

「何でだよ」

「だって、三人でランちゃんを助けに行きたいって」


 そう話し合ったばかりだ。そこにはキリヤも必要で、行くのならば、せめて後一日待って欲しい。

 だがキリヤは目を逸らすと、濡れた革の手袋で顔を覆った後、「そうも言ってられなくなったんだよ」と苦しげに呟いた。


「そうも言ってられないって……どういう事?」

「……とある獣人達の集まりが、自分達の扱いに耐えかねて女の子を攫ったって言う話が出ている。勿論嘘だって分かってはいるんだが、そこにお前が来ちまったらその嘘に信憑性が増しちまう」

「……っ、けど、普段人間の姿で過ごしているんだからそんなの分からないじゃん!」

「そうだとしても分かる奴は分かっちまうんだよ……何せあそこはそう言う奴らが集まっている場所だから」


 そう言われた後、肩を軽く何度か叩かれ手が離れる。

 ドアが開かれ、冷たい風が雪と共に入り込んでくる中、私は声を震わせた後キリヤに叫んだ。


「じゃあ今まで頑張った私はどうすればいいの⁉︎ 」

「っ⁉︎」

「ずっと、キリヤの為に頑張ってきたのに‼︎ 頑張って戦えばきっとどうにかなるって思ったから、ここまでやってきたのに‼︎」


 キリヤの足が止まる。だが、私の声は、気持ちは留まることを知らなかった。

 冷たい頰に熱い涙が何度も伝う中、ずっとどこかで抱えていた我が儘を吐き出すと、キリヤはこちらを凝視した後、酷く哀しげな顔を浮かべ言った。


「本当、ごめんな。コハク」

「っ……!」


 無情にもパタンとドアが閉められた後、唯一灯りの点る玄関で立ち尽くした後、よろよろとしゃがみ込み、冷たい床に座り込んだ。

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