第17話 恋うさぎ・前編

「うさぎいないねー」


「てかほんとに、うさぎとかいるの?」


「いるって、先輩が言ってたじゃん」


「うさぎのお陰で、タクマ先輩と付き合えたってやつ?あれうさぎのお陰ってかふつーに両想いだっただけじゃん」


「分かってないなあ。なんでも『あと一歩』が難しいのよ。それをうさぎがやってくれたってハナシなんじゃん。縁起がいいじゃないの」


 またもや、かしましい女子高生たちがやってくる。


 見つかってなるものか。私は小さい体を一層小さく丸めた。


「先輩!またエサヅルが来ましたね」


「なんだエサヅルって」


「金ヅルのエサバージョンです」


 ジョンソンが得意げに鼻をひくつかせる。


「なんか印象悪いからやめろよ」


 私たちは飼い主に捨てられ、公園ぐらしをするうさぎだ。


 さらに私は、きまぐれな動物愛護の神から「人間を1回だけ食べる力」を付与されている、特別なうさぎでもある。詳しくは第1話を参照だ。


 これまで、けっこうな種類の人間に出会ってきた。ひもじい私たちは、うさぎのかわいさを存分に使い、一部の人間たちをエサ補給要員に育て上げてきたわけだが……。


 なにやら、変な噂が出回っているようだ。


「ここが古井高校の女子たちでいっぱいになる前に、私が試してやるのよ。うさぎを見つけたら、恋が叶うってことをね……」


 ツインテールの女子高生が、ぐっと拳を握った。


「ふーん」


 横にいる長髪の友達は、ハトを眺めながら返事をする。


 かわいいうさぎより、いつでも見られるハトですか?どこにでもポッポポッポしているハトに負けたと思うと、少し悔しい。


「あんたって占いとか好きだもんねー。今時テレビの星座占い気にしてる人とか絶滅してると思ってたわ」


「いやそれはまだたくさんいるんじゃないかな……」


「将来霊感商法とかにハマりそうで心配だわ~」


 長髪は、スマホを眺めながら言った。


「じゃああんた、受験前に神社とかにも行かなかったっていうの?」


 ツインテールはニヤニヤする。


「うん。行ってない」


「なぬっ!?」


「だって実力の世界じゃん。受験は」


「でもさー!当日お腹痛くなるとか、前の席の人がくさいとか、そういうのあるじゃん!」


 一転、ツインテールは情けない顔になる。長髪は相変わらずスマホを見ていた。


「神に頼んだところで変わんなくね?」


「え、ええ、ぐぬぬ……」


「その時間、単語の1個でも覚えた方がいいし」


「くそっ……この、血も涙もないリアリストめえ……」


「でも付き合ってあげるんっすね」


 感心したジョンソンの声に、私は「たしかに」と頷いた。


 ツインテールはその後も私たちを探し続けたが、まったく見当違いな場所ばかり見ていた。自動販売機の下にいるわけないだろ。


 付き合いきれなくなったのか、長髪はベンチに座ってスマホを見ていた。


「帰ります」


 ツインテールはがっくりと肩を落としている。


「ん。気は済んだ?」


「ええ今日はもう疲れました……」


「まさか、明日も来るっていうんじゃないでしょうね」


「言います!!!!」


 うげー、と長髪はのけぞった。


「ま、1人で来れば?私は……」


「付き合ってください!」


 目を真っ直ぐ見るツインテール。長髪は溜息をついて、ベンチを立つ。


「それ、好きな人に言ったらいいのにさ」


「だ、だって、それとこれは別の話でしょ!」


「ふう~ん?」


 スタスタ行ってしまう長髪を、ツインテールは慌てて追いかける。2人はきゃいきゃいしゃべりながら去っていった。


「なんだかんだ、ずっと起きてましたね」


 うさぎは夜行性だ。だが耳がとても良く、気になる音があるとすぐ目覚めてしまう。


 身の危険がないと分かればすぐ眠るが、今日はなんだか気になって観察してしまった。


「反動で眠いな」


「僕は、ちょっとワクワクしてきました!」


 ジョンソンの目がキラキラしている。


「僕たち、恋の神様みたいになる、ってことですよね」


「ツインテールの言うこと鵜吞みにするなよ」


「でも、僕、思い出したんです。ギャルの恋も成就したし、登校できない女の子に恋心が芽生えたじゃないですか!それって僕たちの力なんじゃないですか?」


「たまたまだろ。三度目の正直があれば、信じるけどな」


 と言った瞬間、私は思い出した。


 まだ捨てられたばかりのとき、終電を逃したサラリーマンと、介抱をした女性の間で恋が芽生えていたぞ。


 でも、それはたまたま私が居合わせただけであって、「力」とまでは言わないのではないか……?


「ためしに、明日も2人が来たら、寄ってみましょうよ」


 そんな居酒屋みたいにいわれても。


「でもなー……」


「恋が叶わなかったら、それはそれでいいじゃないですか。別におっかない相手でもなさそうだし。ねっ!」


「ノリノリだな」


「だって面白いじゃないですか!家の中で飼われてるだけだったら、絶対に生まれなかった可能性ですよ」


「たしかに」


 命をとられるわけじゃなし、ちょっと試してみるのも面白いかもしれない。


 さて、どうなることやら。


 というわけで後編へつづく。



【今日の人間】

 最近、特になんとも思わない人間に対して食べたいとかそうでないとか、考えることすらなくなった。

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