第12話 やっぱり情けない神様・前編

「ええーっ!仲間が増えてる!」


 人がすっかりいなくなった夜の公園に、動物愛護の神が現れた。


「だ、誰っすかあなた!」


 さすがのジョンソンも私の後ろに隠れる。


 そりゃ、何もないとこから突然出てくるんだから、びっくりするよな。


「ちょっとお、この短期間に野良うさぎが2匹もできちゃうなんて……。私がきちんと仕事してないみたいじゃない」


 それはまあ、その通りなんじゃないか。


「きちんと人間を管理してくれよ」


「私もそうしたいとは思ってるんですぅ。でも新米なのでどうしても難しくてぇ」


 人差し指同士をツンツンと合わせる。


「ていうか、先輩、何なんすかこの人は!ちょっと宙に浮いてるし!変な服着てるし!もしかして神様とか?」


 相変わらずジョンソンは勘がいいな。


「そう!私は動物愛護の神です。よろしくね!」


「よろしくっす!僕はジョンソンっす!」


 和装の少女の姿をした神は、ジョンソンに両手を振る。


「そんな神様がいるのに、なんで僕らは捨てられたんすか?」


「この神が、情けないからだ」


「ちっがーう!私新人だからミスが多いだけなんです。情けないとか、そんなんじゃないからねっ」


 新人であることを言い訳に多用している時点で、成長への望みは薄い。


「それで、今日は何をしに来たんだ」


「前に言った、生命の神様に確認とってくるって言った件!聞いてきたよ!」


「なんっすかそれ?」


 ジョンソンは間髪入れずに首をつっこむ。


「うさぎさんにはちょっと難しい話なんだけどぉ。神の私がずばっと分かりやすく!説明しちゃいまーす!」


 自分で拍手をする。


 ジョンソンならこのテンションについていけるのではないかと思ったが、冷たすぎる瞳で神を見上げていた。


「このうさぎちゃんはね、実は前世で人間だったんですよ。あ、前世ってわかる?」


「知りません」


「人間の体の中には魂というものがありましてね。肉体が死ぬと、それは天上のめちゃくちゃ偉い神様のところに行って、ちょっと待機する。で、神様からゴーサインが出たら次の肉体に入るの。つまり、前世というのは、自分の魂が前に入ってた人間のことよ」


「なるほどー。わっかりましたあ」


 ジョンソンの目が死んでいる。多分理解してないぞ。


「……あれ、『先輩は人間じゃないから、前世なんてないはずじゃないっすか?』みたいなツッコミはないわけ?」


「はへー?」


 ジョンソンの脳がもう限界だ。よだれまで垂らしている。


「ご、ごめんね。難しかったかもね。ちなみに説明を続けると」


 強引だな。


「うさぎちゃんの前世は人間だったの。でもね、同じ人間を食べるというめちゃくちゃ悪いことをしちゃったから、罰としてうさぎに生まれ変わった、ってわけ」


「……えっ」


 ジョンソンはドン引きして私を見る。


 お前さっきまで阿保面だったのに、なんでそんなとこばっか聞いてるんだ。


「で、また、うさぎになっても、人間食べたいとか言ってるんすか?罰当たりなうさぎだなあ!」


「そそそそそ、そうよね私のミスじゃなくてこのうさぎちゃんが凶暴だから、また今世でも罪を繰り返すのよね!」


 神は大げさに何度も頷く。


「あそうか、そもそも神様が人間を食べる力なんか与えなければよかったんすよね。先輩は別に悪くないっす」


「ぐうっ。おバカちゃんだと思っていたら意外と鋭いじゃない」


 突然慌てたんだから、誰でも不自然に思うだろ。


「前世と同じ罪犯したら、さすがにもう二度と人間に生まれ変われなくなるからさー。ひっどいミスをしちゃったのよ。ここまできたらもはや愚痴よ。聞いてよジョンソン。私にも先輩がいるんだけどさ、お前はなぜ余計なことばかりするんだってめちゃくちゃ怒られてさぁ……。先輩は家畜の神なんだけど、前世の記憶を持ったまま人間が家畜に生まれ変わって、すっごい苦しい思いをしたって話をえんえんと聞かされてけっこうしんどい思いをしたわけ」


「気の毒っすねえ。でも神様がちゃんとしてたら僕ら捨てられなかったと思うと慰める気にもなりませんわ」


 ジョンソンがいつになく怖い。


「あわわ……。で、でもね!ちゃんと生命の神様に確認してきたんですよ。今からでも人間に生まれ変われる道はあるんですか?って!」


「生命の神様はちゃんとあなたを怒ったんですか?」


「あ、はい。怒られました」


「どんな罰を受けたんです?」


「神の心得八百万やおよろずの書き取りと、怒涛の滝行百時間と、スパルタ神対応講座百時間受講です」


「ざまあみやがれですねえ……」


 ジョンソンは見たこともない凶悪な笑みを浮かべた。


 お前にそんな一面があるとは。


「ううっ。うさぎにまでいじめられるなんてえ。神悲しいっ!」


 少女の姿をした神はウソ泣きをする。


「いじめてないです。しかるべき報いです」


「ぐうの音も出ませんわ。大変申し訳ございません」


「というわけで、僕にもなんか力ください!」


 お調子者ジョンソンが復活して、私は思わずホッとした。


「ええ~。あれはだってキャンペーンに当選した特別な人だけのものだからダメよ。それにまたやらかしたら大変なことになるからもうあんなことはしたくない……じゃなくてえ!話が逸れちゃったじゃないの」


 うさぎちゃん!朗報よ。と神は偉そうに私を指さす。


「生命の神様が言ってたから確かなことです。人間に生まれ変わりたければ、人間を食べるのをやめなさい!」


「……偉そうに言うが、振り出しに戻っただけだろ」


「わーー!バレちゃったなー!!自信満々に言ったらごまかせると思ったんだけどなぁー!!!」


 動物愛護の神はがくりと崩れ落ちる。


「くっそー!!!私が甘かったんだよ!!!人の命を助けたら人を食べてもチャラになると思ったんだよ。でもそれ生命の神様に言ったら『チャラになるのは確かだが、非現実的ではないため実質不可能』ってめっちゃ冷たい声で言われたのおおおおお!!!!!くっそおおおおおおおお」


「ほんとにダメですねこの神様」


 ジョンソンの一言がトドメとなり、神はうめいて地面に倒れた。


 神をも屠るうさぎの一撃、とな……。


「前にも言ったが、私は人間に生まれ変わりたいとは思わない」


 私がそう言うと、神はガバリと跳び起きた。


「そういう動物は多いわ。私も前回あなたと話した後、他の動物に聞いてみたのよ。でも動物の頭はあんまり性能がよくないから、残念な答えを出しちゃってるだけ。人間に生まれ変わった方が絶対にいいのだからっ!!!!」


「残念な頭で悪かったな」


「でも僕分かるっす。人間に生まれ変わった方がいいです」


「なんでだ?」


「さあ、なぜだと思いますか?」


 人間は色々複雑で、私には全く良いと思えないのだが。


「考える時間をあげますよ先輩。次回へ続きます!」


 ジョンソン、メタなことも言えるようになったんだな……。

 成長著しい後輩を、今後ともよろしくお願いします。

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