第9話 後輩うさぎのジョンソン
「先輩!こんちわっす!」
なんだこのうさぎは。
白に、黒のぶち模様。耳は垂れていて、私よりも一回り大きい。
「僕、捨てられちゃったんです!見たとこ先輩も同じだと思うんっすけど……。あ、だから先輩ってお呼びしてもいいですか?」
騒々しい。眠りから覚めたばかりの夜。耳にキンキンと声が響く。
しかし、なかなか気になることを聞いてくれるじゃないか。
「なぜ、私が捨てられたと分かったんだ?」
「勘っす!先輩もやっぱり捨てられたんすね。僕うれしいなあ!」
と目を輝かせる。
悪気は無いんだろうが、正直うざいな……。
「僕、ジョンソンって言います。よろしくっす!」
「よ、よろしくって、どういう意味だ……?」
「野宿について色々教えてください!カリカリばっかり食べてきたんで、何食べたらいいのか正直分かんないんです!」
「いい匂いの草を、食べればいいだろ」
「やっぱ温室育ちっすから~。不安になっちゃうんですよね、これ食べていいのかなーって」
そこに勘は働かないのか。
仕方がないから、私はシロツメクサのたくさん咲く広場に連れて行ってやった。
「おおーっ!!!いい匂いっすねえ!!!」
「自然と、食べたくなるだろ」
「なるっす!ありがとうございます!!」
わーい、とジョンソンは原っぱを駆け回る。
まあ、かわいいとこもあるみたいだな。
ジョンソンは昨日の夜に捨てられて、一日中何も食べていなかったらしい。
空腹にシロツメクサをこれでもかとかきこんだ結果、腹がはちきれそうになっている。
「食べ過ぎましたあ……」
「ほどほどにしておけと言ったのに」
「お腹空いてたんで、つい」
ジョンソンは腹いっぱいだからか呼吸がはやい。鼻をぷうぷういわせて苦しそうだ。
「いつもご主人は、カリカリを、少ししかくれなくて。たくさん食べられるのが、嬉しかったのもあります」
案外、冷たい飼い主だったのかもしれない。
私の元ご主人様は、たくさんエサをくれていたなあ。
「先輩はなんで捨てられたんすか?」
コイツにはデリカシーというものがないのか。ちょっとだけ湧いた私の同情心を返してくれ。
「そんなの、私には分からない。ジョンソンは分かるのか?」
「なんか、めんどくなったとか言ってましたわ」
他人事のように、ジョンソンは言い捨てた。
「うちのご主人、彼氏と住んでたんす。そりゃもーラブラブでした。世界に自分たちしかいないみたいな、ってよく言うじゃないですか」
いや知らんが。
「遠くに引っ越すから、私をどうするかって話になってて。ご主人は一緒に行きたいって言ってたんすけどね。彼氏がめんどいって」
「ひどいな」
「カリカリちょっとしかくれなかったのも、彼氏がエサ代ケチるからなんです」
「うさぎの敵だよ」
そいつが来たら、食ってやりたいくらいだ。
「あいつはマジでダメ人間でした。ご主人は好きだったけど、あんなヤツが好きっていうだけは意味分かんないっすねー」
まあ、もう関係ないことなんですけど、とジョンソンは笑う。
なかなかに、かわいそうじゃないか。ジョンソンよ。
人間の身勝手な理由で捨てられて、しかも冷たく当たってくる奴までいたのだ。
仕方ない。
「面倒をみてやろうじゃないか」
「ほんとっすか!心強いっす!」
ジョンソンの垂れ耳が、ぴょこんと跳ねた。
それからしばらく、私たちは追いかけっこに興じた。登校できない女の子とも追いかけっこをすることはあるが、やはり人間に追いかけられるのは少し怖い。図体がでかいので。
うさぎ同士だと、単純に楽しい。ジョンソンにとっては外で駆け回るのが初めての体験で、私の十倍は興奮していた。
「いやー!いいっすね、お外も!生きてるって感じするっす!」
「それは良かった」
「先輩ちっさいからすぐ追いつけるし!なんか優越感も感じるっす!!」
一言余計なのだ。私は後ろ足で軽くジョンソンを蹴った。
東の空が、明るくなってくる。
「眠くなってきましたね~」
「私の寝床に招待しよう」
「あざっす!」
二人で寝るには、寝床は狭い。
でも、身を寄せ合っていると、びっくりするほど落ち着いた。
「いいっすねー。昨日はこれからどうしたらいいんだって絶望したっすけど。安心して寝れます」
「昼過ぎ、一度起きるぞ」
「何かあるんすか?」
にんじんを持ってきてくれる子がいるから、と言いかけ、私は気づいた。
取り分が、半分ずつになってしまう……!
「いや、やっぱ、昼間には何もない」
「ええ~なんか隠してるんじゃないですかあ?もしかして、エサをくれる人間がいるとか」
妙に勘の良いヤツめ。
「黙ってるってことは、図星っすか?」
「うるさい。早く寝ろ」
「図星っすね!!嬉しいなあ!!!」
くっ。私の媚び売りでゲットしたにんじんを横から奪われることになるなんて。
……悔しいが、まあジョンソンの分も持ってきてくれるようになるかもしれないし。
隣り合う肌がある安らかさに、私とジョンソンは眠りに落ちていった。
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