第7話 恋するギャル
朝が来た。
散歩や通勤のため、たくさんの人が公園を行きかう。
改めて、どんな奴が食べたいかな。茂みから人々を観察する。
が、やはり草食動物だからなのか、どれがおいしいのか見当もつかない。人間サマの視点で例えるならば、虫を見たところでどれがおいしいか全く分からない状態だ。
ただ、私はおいしそうだから人間を食べたいわけではない。憎らしいから食ってやりたいという、感情が先行している。今まで会ってきた人間は、食べたいと思えない理由がはっきりしていた。なんかかわいそうだとか、エサをくれるからとか、うさぎ好きだとか……。
時間がかかってもいい。気長に吟味すればいいのだ。
朝更かし(?)に疲れて寝床でうとうとしていると、けだるそうな少女の声が聞こえた。
「え、あれうさぎじゃね?」
「見間違いっしょ」
「ほらあそこ」
春休みのはずなのに、制服を着ている。めちゃくちゃ着崩しているから、遊びにいくのかもしれない。片方は金髪をくるくると巻いている。もう片方は茶髪のショートを、これもまた巻いていた。
元ご主人様が嫌いなタイプだ。「ギャル」というやつ。
したがって、元ペットの私もああいう手合いは苦手である。私はすばやく物影に隠れた。
「え~いないじゃん」
「いやいたし」
「寝ぼけてんでしょ。そんなことよりさあ……」
ギャルたちは遠ざかっていった。
また面倒なのに目をつけられてしまったかもしれない。
しかし!私の可愛さでオトし、にんじん補給係になってくれれば万々歳だ。
絵描きの少年も、良いにんじん係に育っている。野の草を食べなくとも、毎日満たされていた。
今日も、あえて何も食べず眠りにつく。空腹状態で食べるにんじんのうまさは格別だからな。
「うさぎさん」
足音に目覚めると、絵描きの少年がそこにいた。
「今日も、にんじん持ってきたよ」
待ってました!
少年は最近、食べている私の様子を描いている。じっと見られるのにはやはり慣れないが、にんじんに没頭することでなんとか気を逸らしている。
「あ、やっぱうさぎいんじゃん」
食事とお絵かきに没頭していた私たちは、顔を上げた。
今朝のギャル二人組だった。
私たちに近づいてくる。少年の絵をのぞきこんだ。
「絵、うまっ」
「ありがとうございます」
怖がるかと思いきや、余裕で微笑んでいる。
それどころか、なにやら楽しそうに話し始めた。
「このうさぎいつからいんの?」
「先月くらいからいるみたいなんです」
「へー。野生なんかな」
「多分、飼われてたのが捨てられちゃったんだと思います」
「詳しいじゃん」
「僕うさぎが好きで、毎日描きに来てるんです」
「すご」
少年は、ちょっと照れて笑う。
「僕、ちょっと前まで入院してたんです。動けるようになったのが嬉しくて……」
それを聞いて、ショートがハッとした。
「君さ、もしかしてタクマの弟?」
「そうです!なんでわかったんですか?」
ギャルたちは顔を見合わせた。金髪の方の顔が赤くなってるぞ。
「タクマさー、あんたの話よくしてるんだよ。絵描くのが好きで、入院してる弟がいるってさ。退院したって喜んでたし」
「お兄ちゃん優しいんだ。僕が入院してるときも、ずっと励ましてくれてて」
「分かる!タクマ超絶優しいよね。見た目が怖いから勘違いされてるけどさー。ギャップがめっちゃいいんよね」
急に金髪のテンションが上がる。それをショートはニヤニヤしながら見ていた。
「このお姉ちゃんさ、タクマのこと好きなんだよ」
「ちょっとアンタ!バラすなよ」
「いいじゃんいいじゃん。弟くんにタクマのこと聞こうよ。誕生日に何あげるか悩んでたっしょ」
とショートは言うが、金髪は顔を赤くして髪をいじっている。
「チャンスじゃん。聞かんともったいないって」
金髪はそれでも髪をいじっていたが、開き直ったのか顔を上げた。
「……タクマさ、手作りのお菓子とか好きなかんじ?」
それから、金髪は怒涛の勢いで質問をし始めた。こんなにキューティーなうさぎさんが目の前にいるというのに、タクマとやらはそんなに良いヤツなのだろうか。
興味がないので眠っていたが、にんじんのにおいにハッと目覚めた。
「うさぎさん、最後の一本だよ」
いつもと同じ本数なのに、眠りを挟んだからかお得感がある。ボーナスにんじん。
「弟くん、明日も来んの?」
「うん。雨でも来るよ」
「うちらも塾の帰りでこんくらいの時間にここ通るからさ、また明日話そうよ」
「いいよ!でも明日は、僕は絵を描きながらでもいいかな」
「全然気にせんからいいよー」
ちゃんと来るならよし。
もしギャルに少年をとられたら、怒りでライオンに変身してしまうかもしれない。
「お礼にジュースおごるわ。タクマには内緒な」
「え、ほんと?」
少年の顔がぱっと輝く。人からうまいものもらえるの、嬉しいよな。
「自販機行こうぜ」
「うん!」
彼は元気よく返事をした。
「じゃあね、うさぎさん。また明日ね!」
「うさぎに挨拶するとか可愛いなー」
「だって、友達だから」
「そか」
わいわいと遠ざかっていく。
太陽が沈んでいく。つまりうさぎにとっての朝なのだが、お腹いっぱいで眠たくなる。
贅沢朝寝。しかも今日は温かい。しあわせな気分で、眠りに落ちていった。
【本日の人間】
場合によっては、ギャルを食う可能性がある。
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