第2話 登校できない女の子
春の公園は、ポカポカしている。
私が捨てられたのは、なかなかに広い公園だった。タンポポ、シロツメクサ、ヨモギ……食べ物には困らない。
毎日、たくさんの人間を観察することができた。身体が丸いほうがおいしいのか、硬そうなほうがおいしいのか。ライオンの気持ちになって、想像してみる。
あれやこれや考えていると、ぽかぽかした日ざしに眠たくなってくる。というか、うさぎは夜行性なのだから、こんなの眠くてしょうがないに決まっていた。
それでも頑張って起きているのには、理由があった。
「あ、いた!」
中学生の女子が、駆け寄ってくる。
この子は、私のファンだ。
鼻をひくひくさせながら彼女の方を向くと、「かわいい~」と笑う。愛玩動物はかわいさを振りまいてナンボ。彼女はまんまとひっかかり、私にメロメロだ。毎日この時間に、ニンジンを持ってきてくれる。
「今日も、持ってきたよ」
ビニール袋から、愛しきオレンジが現れる。シャクっとニンジンをかじる。この歯ごたえ、この甘味。野生の草じゃ味わえないんだよな……。ヨモギもシブくてなかなかにいいと思いはじめていたが、うん、やっぱりニンジンだわ。
「私ね、今日も学校行けなかったんだ。でもうさぎちゃんのおかげで、毎日お外に出られてる」
彼女は、私の背中をなでる。優しい手つきだ。
「学校、本当は行きたいんだよ?でもね、朝起きられなくて、お布団の中にいたら、嫌だなって気持ちがむくむく膨れ上がってきて……。今日もダメだったんだ」
今にも泣き出しそうな声に、女の子を見上げる。メガネの向こうで、涙をためていた。
「ううん、ほんとは学校なんて行きたくない。うさぎちゃんにも、見栄はっちゃった」
はは、と乾いた声で、彼女は笑った。
「お母さんもお父さんも悲しそうで、私申し訳なくってさ。でも学校怖いんだ。昨日までなかよしだったのに、急に仲間はずれにされるの。1人ずつ。先生も助けてくれないしさ」
遂に彼女は泣き始めた。
学校が何をする所なのかは知らないが、私にニンジンをくれているのだから、それで十分だ。怖い場所には、わざわざ行かないのが基本であるし。私は、一度でもヘビを見た場所には近寄らない。
彼女の靴に、ぽんと前足をのせる。君は私にニンジンを運んできさえすればいいのだよ。
「うさぎちゃん……」
女の子は涙をポロポロ流しながら、にやにやしている。目でもうるうるさせとくか。
「か、かわいい」
ちょっとだけ強く、私の背中をなでた。
あっという間に日が落ちて、女の子が帰る時間になる。
「明日も、来るね」
追いかけっこをしたり、彼女の膝の上にのったりして、ひとしきり遊んだ。
これでまたしばらくは、ニンジンに困らないだろう。
ひと仕事終わった。私は茂みに作ったホームに戻り、溜息をつく。
人間も、大変だ。
神様は人間を滅ぼすこともできると言っていたが、そこまでしようとは思わない。それぞれに悩みを抱えながら、一生懸命に生きていることは、元ご主人を見て知っていた。
それに、人間は私にニンジンをくれる。
絶滅されては、困るのだ。
【本日の人間】
学校に行かなければ、と言っていたが、行く必要はない。それよりも、毎日私にニンジンを持ってくることのほうが、よっぽど立派だ。彼女はニンジンをくれるので、食べる候補にはいれない。
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