うさぎ(いつか)人間を食べる

春日野 霞

第1話 情けない神様

人間を、食ってみたい。


「あんた草食動物なのに……?」


 少女の姿をした神は、目をぱちくりさせた。


 私はたしかに、しがないうさぎだ。耳が比較的短く、茶色で小さく、つぶらな瞳を持ったうさぎだ。鏡を見たことがあるから、知っている。


「私は人間に捨てられた。だから、食ってみたい。いや、食ってやりたい」


「人間を滅ぼす力を手に入れたいとか、じゃなくて?」


「そんな妙なことは、考えたことがない」


「うさぎの小さい脳ミソじゃ、たしかにスケールが大きすぎる願望かもね」


 神は、小さな口をへの字に曲げて、腕を組む。


「しかし、草食動物に、どうやって人を殺させたらいいんだね。君。魔法の力でも与えろってかい」


「知りませんよ。自分で考えてください」


「人間を滅ぼす、とかだったらまあ、できないこともないんだけど、人間を食べるのは、ちょっとなあ」


 この神は、突然私のもとへ現れた。公園に捨てられた私のもとに「カワイソウな動物救済キャンペーンの当選、おめでとうございま~す!」と、無駄な輝きを放って現れたのだ。

 日本に存在する無数の神のうち「動物愛護の神」という存在らしい。


「日本人は勝手なのよ。自分の事情で動物を飼い始めたのに、無責任に捨てて、私に当選者の願いをなんでもひとつだけ叶えさせようなんてさ……」


 それはあんたが勝手にはじめたことだろう。


「私だってね、頑張ってるんだよ。ペットを捨てようとする奴の肩を重たくしてみたり、気持ちをどんよりさせてみたりさ。でもそれくらいじゃ全然ダメらしいから、祟りの神様にどうしたらいいか聞いてるんだけど、あの人年齢が上すぎて何言ってるか全然分かんないのよ」


 突然の愚痴。元ご主人様にそっくりだ。


「まあ私がポンコツなのがそもそも悪いって分かってるのよお。だから罪滅ぼしに、ランダムで選んだカワイソウ動物の願いを叶えてあげようって思ったわけ。テキトーにルーレット作って、よし、うさぎちゃんの願いを叶えちゃうぞ★って思ったのに……どうやって叶えたら分かりません。ぶっちゃけ。願いを変えてくれませんか。もっと簡単そうなやつ。おうちにかえりたいとかさあ」


 恨めし気に私を見る。


「いや……。今さら変えられない。口が人間になってんだ」


「え、食べたことあるの、人間」


「ないが」


「じゃあ口が人間になるはずないじゃないのよう。ねえうさぎちゃぁん、融通きかせてよう」


 とウソ泣きをする。だんだん腹が立ってきて、私は少女のような神を睨んだ。コイツが情けないせいで私が捨てられたんじゃ、という気にすらなってくる。


「ウワッ、怖い顔しよる……うさぎなのに。ゾッとしたわ神なのに。猫がライオンの仲間だってこと思い出す瞬間みたいなさ……待てよ、ライオン……?」


 神は何やら長い袖をゴソゴソとかきまわす。


「この前、動物園の雌ライオンのお話聞いてきたの。ハントがしたくてしょうがないけど、狭いとこに押し込まれてマジ鬱ってさ。でも逃がしてやることはできないから、ハントしたい欲求を吸い取ってあげたのが、コレよ!」


 取り出したのは、白くて小さな玉だ。人間の味でもするのだろうか。


「吸い取って上げた結果、狭いとこでダラダラするの超快適~ってなって喜んでた!で、これにちょちょいと術をかけてっと!」


 急に明るくなって、私は目を閉じた。首の辺りに違和感があり、気持ち悪い。


「まあ、かわいい。あなた今、こんな感じ」


 手鏡を向けてくる。そこに映った私の首には、細い紐がくくられていた。顎の下には、シロツメクサがついている。


「これで、1回だけライオンになれるわ。食うならコイツだ!って強く思った瞬間シロツメクサがピカーって光って、ライオンになれるから!頭からバリバリいっちゃいなさい。ああ、なんていいことをしてしまったのだろう」


 と、悦に入る神。


「1人だけだからね、厳選してちょうだい。んじゃ、たまに話聞きにくるからね~」


 神は「ドロン」と言うと、消えてしまった。


 つまり、私は1回だけライオンになり、人間を食べられるということ。


 ライオンになりたいとは、頼んでないんだけどなあ。


 厄介といえば厄介だけど、人間を食べられるのだ。これからの公園生活、楽しくなりそうだぞ。

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