道閉じの儀式

ねこつう

第1話

あたしは、その男と右手に深い谷川がある坂道を歩いていた。


「いやー、お世話になった親戚が、君らの電話番号を知ってて……携帯のバッテーリー切れる寸前に連絡取れて、本当に助かった! どう考えても、同じ坂道から、延々と出られないのって、変だったから」


「あのー。ここで何をしてたんですか?」


「え? い、いや、秋だし、普通にハイキングだよ」


「ひとりで?」


「あ……ああ……」


「ほんとに?」


「何言ってるんだよ!」


「状況わかってますかぁ? あんた、呪われた空間に閉じ込められてんだよ? あたしも、ここに入ってくるの大変だったんだからね! 正直に言ってくれないと、出られないんだけど!」


「……彼女と一緒に来たんだ……」


「なるほど。それが、あんたの頭の上にいる人か……」


「え?」


「彼女から何か渡されなかった?」


男は、ごそごそと、ポケットを探り、それを出した。


「……これか?」


あたしは、その男が手にもったそれを見た。巾着袋に何か入っている。


「開けてみて」


男が、細かく折りたたまれた紙を開くと、複雑な文字や図形がかかれていた……


「な、なんだよ! これ!」


「彼女さん……よく『道閉じの儀式』なんて、知ってたね」


「道閉じの儀式?」


「特定の相手を空間に閉じ込める呪符だよ、それ。……自分の魂を差し出してさ……」


「魂?」


「そう。それで、完成する。ひょっとして、彼女さんをここに誘い出して…………殺した……?」


「………どうしても別れないって言うから、くそお!」


男は、呪符を谷に投げ捨てようとした。  


「あ!」


あたしが、軽く叫んだとき、男の手から「ジュー」という肉が焼けるような音がした。


「うあっ!」


男が、顔を歪める。

呪符は、男の手に吸い付いて消えた。


「はあ!…………呪符を捨てようとした時の処置までしてあるなんて、彼女さん、気合入ってるわー」


男は、泣きそうな顔で言った。


「はぁ? なんとかしてくれ!」 


「あ?……なんで……?」


「なんでって! こいつには、もう、うんざりしてたんだよ! こいつと別れて、カナコと結婚するんだよ。なんで、こんな所で!」


「…………あたしが、ガキだった頃なら、単純に、あんたがクズで、彼女さんも、バカだって思えたけど

……恋愛って、そういうもんじゃないよね……」


「そんなこと、どうでもいいから、何とかしてくれよ!」


「呪符が体内に入ってしまう前に、段階を踏んで解除していけば、ま、何とかなったんだけど……もう、彼女さんが、あんたへの執着をやめない限り、この呪いは解けないね……」


「そんな!」


「あんたが殺した彼女さんの名前は?」


「……ミヤコだ……」


「ミヤコさんに、心から謝ったら? あんたの事を愛してるって…… 

永遠に一緒だって言ってくれたからって……言ってるけど? お互いを大切に思いあう時間もあったんでしょう?」


「……ミヤ……僕が悪かった……本当に悪かった! 許してくれ。僕は、一生をかけて、ちゃんと償いをする!」


ざわざわと、異様な音が続いて聞こえた。

全然、納得してない感じだ。そりゃそうだよな。


「ちょっと、離れててくんない?」


「は?」 


「ちょっと彼女さんと二人で話したいことがあるの!

ねえ、ミヤコさん! 二人っきりで話したいことがあるんだけどいい?」


また、ざわざわという音が、空間から聞こえてきた。


「ほら、あっち行って! あっち!」


男は怪訝そうな顔をして、離れていった。あたしは、彼女に話しかけた。


「ねえ、ミヤコさん…… こじれたまんまさ、こいつと閉じた世界でぐるぐるするよりも、成仏した方がさ、新しい道を歩める気がするんだけど……

そうじゃなきゃ……こんなふうにしてみたらどう……?」


彼女の怒ったうなり声が聞こえてきた。


あたしは、しばらく彼女と話したあと、男の所へ戻った。


「説得して来たよ……」


「へ?」


「だーかーら! 説得してきたんだよ。説得するの超大変だったんだからね! こんなクズと一緒にいるより成仏した方がいいよ! って、ミヤコさんを必死に説得した!

そしたら、あんたを、解放してくれるって!

これでいいんでしょ?」


「も、もちろんだよ……ありがとう……」


男は、ため息をついて、背中を丸めた。


「どういたしまして……さて……」


私は、携帯電話を取り出した。


「え?」


「ん? 警察に通報しないと……」


「警察?」


「……当たり前でしょうが!」 


男は、顔色を変えた。が、あたしは谷の方を向いて携帯電話を取り出した。


ああ、背後から砂利を踏みしめる音が聞こえる。


男は、後ろから、あたしを谷に突き落とそうとした。


「おおっと!」


あたしは、さっと男をけた。男は、そのまま。


「あ、あ、あ、あ、あああああああああぁぁ!」


しばらくして、遠くで、重い水音が聞こえた。


私は、大きくため息をついた。


「賭けは、あなたの勝ちなんだけどさ。本当に……これで良かったの? ミヤコさん…………」


ざわざわした音のあと、彼女が、満足気に笑う声が遠ざかっていった。

あたしは、しばらく鳥の鳴き声を聞きながら、気持ちを静めていた。また、大きなため息が出た。


「まあ、いいや……愛の形は人それぞれだもんね……あ、そういえば!

この近所に、温泉あったよな……たっのしみー!」


あたしは、無理やり元気な声を出して、歩き出した。


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