第27話 脅迫
世間様が天地逆転の大騒ぎをしている時、本来なら家宅捜索の真っただ中に居るべきカノコが、ひょっこり事務所にやってきた。
「暇なんだわー」
長旅から帰ったばかりの休暇ボケか、しっかりまったりのったりしている。
「捜査に加わらなくていいのかよ」
普段ならば「まあまあ、一緒に一杯」と、ビールでも出す所長が、珍しく心配顔になっている。
「んー、やりたかったんだけどー、休暇をとってないから休むようにだって。なんか、私が捜査に加わるのが迷惑そうなんだよねー」
とかなんとかグデレグデレやっていると、警察庁の二人も事務所にやってきた。
間もなく、自衛官の二人がドアをノックして、こちらの応答を待たずに戸を開ける。
七人が互いに驚いた風に顔を見合う。
「暇してるのかな?」
一人の疑問はみんなの疑問だ。
マトリにとって、今回一番の功労者はカノコの筈。
外務省の二人ははなから隠密の仕事人だから表に出てこないにしても、自衛隊や警察まで暇面下げてここにやってくるとは不可解だ。
金太郎が口を開く。
「何でも、外交上の問題があるとかで、外務省が陣頭指揮を執っている特別捜査だそうですよ、今回の家宅捜索」
「私達、帰った日から一ヶ月の強制休暇が出されて。暇なんですー」
千歳が涙目になっている。
「やられたな」
所長が唐突な言葉を発し、持っていたグラスを壁にたたきつけた。
「そういう事なの」
カノコが冷蔵庫から缶ビールを取り出して開ける。
「だから、私達には長期休暇が出されたのですのね」
州浜も事情をのみ込んだようだ。
「どうりで、長い休暇みたいな仕事の後に、連続勤務で休暇がたまっているからって、無理やりの休みだもんなー。変だと思ったんだよ」
月野も納得している。
「なーに納得してるんすか」
金太郎が不思議そうに、伏目にしているカノコの顔を覗き込む。
「外務省の二人に引っ掛けられたのよ。私達と合同捜査しているふりして、情報をぜーんぶ引き出したの」
所長が続ける。
「その情報を元にだ、外交上優位に立てるように、各国の組織関係者に脅しをかけてるんだよ」
どうやって脅しをかけるのか、その術が分からない。
「脅すって言ったって、どうやるの」
「今回の全国一斉手入れを、世界中が報道するからですわよ。相変わらず鈍いですわねー」
州浜は、何時でも、ほんの一言に無数の棘がある。
「手入れ?」
千歳は相も変わらず理解不能の形相だ。
「なるほど、組織の頭を捕まえるんじゃなくて、見逃してやってそいつから、世界中に散らばっている各国の極悪人代表みたいな連中に連絡させるって筋書きですか」
金太郎は理解したようだ。
「そうだよ。殺すんじゃなくて生かして利用する。証拠集めじゃなくて、見せるためのガサいれだ。超法規的措置ってのが大好きな外務省のやりそうなこった」
カノコが続ける。
「各国の悪党を使った裏ルートから、外交を有利に進めていこうって策略なのよ。結局、今回の家宅捜索で逮捕されるのは、ヤクザとか組織の底辺でうろちょろしている連中ばかりって事ね」
「それじゃあ、僕達が組織撲滅を目指して頑張ったのって、無駄だったって事になりませんか」
僕の疑問は世間の疑問だと思う。
「そうなるかもな。結局、本当の悪党が世界を動かしているって事に変わりはねえからな」
「いいじゃない。私達だって少しは世の中の役にたったんだから」
「それじゃあ、今回の捜査に関わって死んでいった人達が可愛そうすぎませんか?」
「何やるったって、事を動かすには犠牲ってものがついて回るんだよ」
「そうそう、ただじゃ誰も動かないのよ。何も変えられないの」
「そんなー、世の中間違ってますよ。ひどすぎます」
僕は、知ってはいけない事を知ってしまったようで、何処か遠くに行ってしまいたい気分だ。
「すいません、石衣青丹探偵事務所でよろしいでしょうか」
突然、見ず知らずの他人が事務所を訪ねてきた。
「看板が掛かってるだろ、そうだよ!」
所長がいぶかし気に、半開きドアから顔をのぞかせている男を見る。
「いえ、看板が傾いていたもので、事務所も傾いているのかなーと勘違いしまして。その、御仕事の御願いにうかがったもので………」
「なんだ、依頼人か。身内の寄り合いってのの最中なんだが、まあいいや、入んな」
ロイド眼鏡をかけた小柄で真面目そうな男は、入り口に敷かれたマットにつまずいて転びそうになりながら名刺を差し出す。
「外務省・特別監査室・特別審議部・特別査定課・特別調査係・特別捜査員 海部奈津刀って………」
所長の顔が赤くなったり青くなったり、怒りで爆発しそうな感情がはっきりくっきり表出している。
「外務省ーーー!!」
部屋にいた全員が一斉に男を睨む。
「やはり、そうなりますよねー」
この男、僕達と外務省の因縁を知っているのに来たのか。
「てめえ、別人とはいえ、この事務所で外務省の名刺出すかー」
「その辺の事情は重々承知の上でうかがっております。前任から丁重に謝罪するようにとも申し送りされております。失礼とは思いましたが、これは謝罪の気持ちです。御仕事をしていただくいただかないは別として、まずはこれをお納めください」
外務堂と書かれた紙袋から出された紫の風呂敷包みをほどくと、【超高級和菓子】と嫌味の書かれた桐箱が現れる。
こういった場合、時代劇などで中に入っているのは黄金色に光った小判に決まっている。
「何………」
所長が期待半分、怒り半分で恐るゝ蓋を開ける。
「小判⁉」
本当に百両ほどの小判が入っている。
今の金に換算すると七百~八百万に相当するだろうか。
本物の小判なら歴史的価値もつくから、一枚が百万になっても不思議じゃはない。
「これ、もらっちゃっていいの?」
さっきまでの怒りはなんだったんだ。金の前では正義もへったくれもあったものではない。
「で、私達に何をやってほしいのよ」
探偵事務所の職員は僕だけの筈なのに、カノコが海部に問いかけると、他の連中も身を乗り出す。
「あのね、事務所の仕事だから、みなさんは部外者ですよね」
僕の発言はもっともなのに、途端に足蹴にされ蚊帳の外となった。
「皆さんの長期休暇を利用しまして、ちょっとカリブでひと暴れをお願いしたいのです」
海部が水を得た魚のように受け答える。
「カリブ! 海賊ですのねー」
州浜が身をくねらせて乗り気だ。
「カリブで暴れるって、この前みたいに海賊相手に重機関銃を撃つとか?」
金太郎は、安全な実戦の生温い緊張感が忘れられないらしい。
「報酬は」
所長も乗り気だ。
そんなに簡単に乗ってしまっていい仕事がどうか、少しは考えろ。
探偵事務所ばかりか、カノコに自衛隊や警察庁の休暇まで仕込んだ上での依頼となると、またもやしっかり騙されているのかもしれない。
「前金で一本、用意させていただきました。仕事が終わったら、もう一本のお支払いになります」
海部が、小切手を所長の前に差し出す。
「一本て、経費はー」
「当然、別会計でお支払いする予定ですが、あまり無駄遣いはなさらないでくださいよ。血税ですから」
「ねえ、みんな暇だし、一千万ならやってもいいんじゃないの」
カノコが所長の欲張りに火を点ける。
「一千万ねー。ようがしょ、やりますよ」
僕が忠告する間もなく、所長は契約書らしきものをろくに読みもしないでサインして印鑑まで押してしまった。
命がどれだけ必要な仕事か、契約金を見ればわかりそうなものだが。
一千万じゃなくて、一億だよ。
半径二百メートルの宇宙 道明寺安須樹と小倉華乃子 葱と落花生 @azenokouji-dengaku
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