第28話 次の目標に向かう
結局のところ、件の百貨店なる建物がどうなったかは、ワタシは知らないでいる。少なくとも大勢を操った反動で今も気を失っているラナンの叔父は、意識が戻ったとしてもまともな経営どころか会話すら出来なくなっているだろう。今までの触媒使用者がそうだった様に。
建物の方は、良くて別のヒトが買い取るか、悪くて取り壊しか、そういった話は今のワタシには無関係な事だ。
今ワタシはとある病院の一室にいる。その一室に置かれた寝台の上で、ドゥナと同様にラナンも気を失い眠っていた。
あの時、触媒を奪い嘆きの声を上げるラナンの懐へとアリーは入り、右腕を突きだして今にも一撃を加えようとしている瞬間だった。
「アリー止めて!」
ワタシが制止の声を上げた直後、アリーは右腕を払い上げ、ラナンの首へと一撃入れて気絶させた。それはアリーなりの手加減だったのだろう。右腕の力で魔法の力を打ち消され、気を失ったラナンをアリーは片手で支えた。
「それ、意味ないから。」
その時聞こえた、アリーの呟き声はどこか寂しそうだったのは、ワタシの気のせいでは無いはず。
結局ラナンもまた触媒の反動なのか、気絶から目を覚ます事無くこんこんと眠り続けて三日が経った。もしかしたら、他のヒトと同じく目覚めても精神を壊してしまっているのだろうか。
「それはないぞ。」
思う悩むワタシの心境を読んでか、窓を開けて入って来たアリーがワタシに言い放った。
「いやどこから入って来てるのよ。ここ病院なんだけど。」
「入り口、ヒト多くて進みづらそうなんだもん。」
病院故に大声を出せないワタシは頭を抱えた。文句を言っているアリーに、ワタシはさっきの言葉の意味を聞いた。
「そのヒトさぁ、触媒の力を使ったとは言うけどさ。力の量ってあのおじさんが使ったのと比べたら微々たるものでしょ?元々魔法にも精通してるって言うなら、魔法の反動もそんなにないんじゃない?
まぁ、加減できてたかは知らんけど。」
つまりアリーは、ラナンが目を覚まして、且つ正気を保っている可能性があると言いたいのだろう。それを聞いて、ワタシは胸のつっかえが取れた感覚がした。
とは言え、ラナンがあそこまで追い込まれるほど思う悩んでいた何て知らなかった。友人だと言いながら、結局ワタシは彼女の悩みを聞くことも、あの騒動でも何もする事が出来なかった。
「いや、してたじゃん。」
考え込むワタシの事を察してか、アリーが言った。
「そうやってそのヒトの事を『想ってる』でしょ。それだって十分誰かにしてやれる事でしょ?」
言われて少し間を開けて、ワタシは何も言い返さず、アリーの言った言葉を噛みしめた。良いのだろうか?本当に想っていただけでも、それで良いのだろうか。それなら良いのに。
何故だか今のアリーからは、いつもの意地悪と言うか、ヒトへの配慮が欠けた言動が見られない気がする。ワタシはてっきりラナンへ遠慮なく一撃を入れて再起不能にでもするのではと思っていた。しかし実際はそんな事はなく、外傷はほとんどなく気絶させるだけに止めた。
思えばアリーは、口ではヒトの事など考えない様な言動が多く見られたが、実際彼の行動を見ると、どれも大きな怪我を負わせる事無く、どれも気絶させるか無力化させるだけで、建物の被害だって実際はアリー自身何もしていない。
もしかして、本当はアリーは誰も傷つけずに事を治めたいと思っているのだろうか?いや、それはやはり無いか。そうだったらそもそも盗みを働くなんて悪行は起こさないか。
しかし、アリーが行った事で悪事が明るみになり、被害を食い止めていったのは事実だ。
アリーが実際何を考えて動いているのかはワタシには分からないままだ。しかし、今回の事、そしてこれまでの事を経験して、やっと考えがまとまった。
「…アリー。これで目的の触媒は後五つなのよね。」
「ん?…そうだよ?」
「残りも触媒も、今までの様なヒトが手にしているのよね。」
「…たぶんねぇ。」
であるなら、今回の様に誰かが触媒の力で不幸になっている可能性が高いという事になる。ならばワタシは今後もアリー友友に触媒を盗む度に同行する。
もしも誰かが触媒の力で翻弄されていたのならば、ワタシは何かしたい。ラナンや、シュナイターさんの様なヒトがいたならば、ワタシに出来る事をしてやりたい。
「よしっ。それなら早くここを発たなきゃ!次の目的にはどこ?」
「その前に、おれはらへったぁ。どっか食いに行こ。」
「出鼻をくじくな!」
やる気が出たところでアリーがだらけた姿を見せて、思わず大声を出してしまい、病院の職員に怒られてしまった。
シュナイターさんの事で一度は旅を中断する気でいたワタシだったが、再起を決めたワタシはアリーを抱えてサッサと腹ごしらえを済まし、早く次の目的地への旅支度をするために駆けだした。
これがただのカラ元気だと自覚しつつ。
アリーとソニアの泥棒の旅 humiya。 @yukimanjuu
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