第3話 ネズミスレイヤー

さてネズミを食って飢えを凌ぎ、その間に情報収集と生活基盤を整えるという方針は決まった。

次は行動を起こす番だ。


時間帯は夜、ネズミ共が活発に動き回っているから、今ならネズミ共が何処から出入りしているのかわかりやすいのではないかと予想してみる。

その巣穴や生息地を特定することができれば、ネズミ肉パーティーを開くことも夢じゃないだろう。

取り敢えずネズミを尾行して、その巣穴の捜索を試みる。

崩れかけの家の隙間や、床下を走り回るネズミを追い立て、巣へと逃げ帰るように誘導し。夜の路地裏を徘徊する。


すばしっこいネズミを見失うこと幾度か。


小さい穴に逃げ込まれたり、図太く存在をガン無視されたり(まぁ、そいつは俺の胃袋の中だが)すること幾度か。


俺は遂にネズミ共の本丸を発見した。

眼の前には、地下に向かう入口があり。黒々したダンジョンが、まるで地獄への入口の様に口を開けている。

思わずえずく程の悪臭が漂ってきて、だだ下がりするテンション。

日本でも嗅ぐ事のある、老朽化した下水道から漂ってくる臭いだ。


「おいおい下水道あんのかよ、この世界の文明の発展、歪過ぎないか?」


中世パチモンファンタジーの癖に、SFの様な城壁からの、巨大な下水道。

魔物という脅威と、魔法による進化だろうか?と予想してみる。


まぁ臭いに萎えていても仕方が無い、気持ちを奮い立たせ、鉄格子の隙間に体をねじ込んだ。

その鉄格子は、大の大人があっさり通り抜けられる程度の隙間が空いていて、一体何を防ぐつもりなのかと首を傾げざるを得ない。

いや本当に何を防ぐつもりなのだろうか?


(ウグ……くっさぁ!)


鉄格子をすり抜けると、一層濃くなる悪臭。あまりの臭さに涙目になりながら直ぐに慣れると念仏を唱えて対抗しながら、秘密兵器を取り出す。


手にあるは道端に落ちていた端材で作った数本の松明である。

同じく落ちていた火種を使い、サクッと火を付け終えている。これにはブッシュクラフトの経験が生きた、火種→ほぐした腰蓑→細い枝と火を大きくし、そして松明に着火。

少し手間取ったが、異世界でも着火の要領は同じのようだ。


基本的に都市部で木材と言うものは貴重品であり。乾燥した木材と言うものは、街中では買わなければ、なかなか手に入らない。


え?じゃあなんでお前が持っているかって?

勿論、松明に丁度いい木材が、道端に『落ちていた』いたからね。

うむ、実に好都合である。もしかしたら朝起きた時に、薪が無くなっている事に気付くかもしれないが、多分きっと俺には関係がないはずだ。

推定無罪!推定無罪!ノーカン!ノーカウントです!





……準備は整った。装備は破れた腰蓑、手には松明と石。



これより下水道攻略を始める!




______________________



はいあれから2日が経ちました。

鼻は慣れに慣れ、これっぽっちも臭いが気にならなくなり。そして松明は必要なくなった。

この2日間、俺は下水道を這い回り、ネズミ共を狩りまくり。そして下水道の脳内マッピングを行っていた。

下水道はアーチ状の壁と天井、床はちょっと真ん中が窪んだ水路になっていて。恐らくは川から引き込まれた水と、人間のアレヤコレヤが混ざった汚川が流れている。

この地面が曲者で、歩く場所と汚川が全く区別されていないがために、簡単に汚水に踏み込んでしまうのだ。

しかも場所によっては地面の全てが汚水という地獄である。


だがしかしこのザック。開き直ったザック。一切の光もない暗闇と汚水に怯む様なタマでは無い。

暗闇を見えてるかのように動き回り、ネズミを食らっていく。


下水道を動き回れるのは、俺の必殺技(練習期間2日)エコーロケーションが関係してくる。

実は地球でも音で空間把握を行うことは可能で。10週間も練習すれば、誰でも出来るようになる技術なのだ。

これを完璧に極めた人も居り、盲目にも関わらず目が見えるように自転車に乗ったり、走ったり出来るらしいと聞いた事がある。


では身体能力が、大幅強化された今の俺が、エコーロケーションを練習したら?

そう、たった2日でなんとな~く周りの地形が分かるようになってきたのだ。

まだまだ細かい形状は分からずとも、眼の前に壁があるか、足元に床はあるかは把握できる。


当初、松明がなければ活動出来ない事に困り果てた俺は、このエコーロケーションの技術を思い出し。物は試しとやってみたのだが。案外さっくりとこの技術を物にしたという事である。


松明が消えた状態でも、ゆっくりながら道を歩き、ネズミを罠にかけて貪り食う。

もはや何年でもここに住める勢いを感じる。

懸念していた怪我や病気も、不思議と問題が起きず、むしろ体は絶好調で、身体能力の上昇を感じるくらいだ。


そうして俺は、チッチッチッチッと舌を鳴らしながら、光の届かぬ下水道を、徘徊する妖怪となった訳だ。

ふふふ、下水道の王、暗闇より来たる者と呼んでくれても構わないぞ!


変なテンションになり、真っ暗で激臭の下水道でポーズを決めてみたが、虚しくなって辞めた。ため息が漏れる。

虫を食って一週間、真っ暗闇の中で2日、会話らしい会話もない。絶好調の肉体とは裏腹に、精神が摩耗してくるのを感じるのだ。


日本での日常とは比較にならない程のストレスが、ゴリゴリと精神を削り、腹の底にはヘドロのような『ままならない現実』に対する怒りが溜まって来る。


会話がしたい、社会との関わりが欲しい、美味いものが食いたい、酒、金、女、権力……。

人間の根源的な欲望が、怒りと言う衝動とともに湧き上がってくるのを感じる。


ではどうするか?ろくに情報収集も出来ず、地上にも出ていない。というか出れない、おそらく体臭は周りの人間が涙目になる程の臭さ。着ている服はギリギリ、アソコを隠しているだけの布切れ。

ここからどうすれば真っ当な生活が出来るようになるか頭を抱える。


「どーするか……」


そうやってしばらく頭を捻り、必死に考える俺の脳裏に天啓が降りてきたのだった。


そうだ薪売りをしよう!

マッチ売りの少女ならぬ、薪売りのおっさんを目指そう。脱法薪売りおっさんの誕生である。


薪は売れる、絶対に売れる。

それこそガスコンロが普及してなさそうなこの世界では、全ての煮炊きに薪や炭を必要とするのだ。

生活必需品を激安価格で販売すれば、例えば違法な品とわかっていても、それを買う者たちは後を絶たないであろう。

幸い下水道の出入り口は把握している。後はそこから外に出て、薪を都市内に運び込んで売るだけで稼げる。実にちょろい仕事だ。

天才的な発想に笑いが込み上げてくる。


そして俺は衝動のままに街の外へ駆け出していった。

同時期に、下水道からモンスターの笑い声が聞こえると噂になった事は知る由も無い。













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世界がハードすぎるから成り上がりたい 〜成り上がれないと死にます〜 @asado

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