第2話 侵入するウホ、もう法とかどうでもいいウホ
ウホウホ、どうもザックです。
憎たらしい門番に、街への入場を拒否されましたが私は元気です。
いや元気ではない。
虫と泥水を啜ること一週間、遂に限界を迎えた俺は、衛兵なんか無視して街の中に侵入することにした。
街へ入場する人達の会話を盗み聞きし、収集した情報によると。どうやらこの街は、ユルケイス子爵の統めるユルケイス副都という名前らしい。
つまりはそこそこ大きい街である。
入場の為には通行証を買わなければ行けない事も分かった。
通行証は税金であり、もし持っていない事が発覚すれば牢獄行きだという事は容易に想像できる。
(人間の死体が転がってる様な状況、恐らく貴族が法律の文明レベル。これは捕まったら牢獄で拷問されるか死刑になるぞ……)
疲労と状況の悪さに、気持ちがマイナスに傾き、悪い予想ばかりが脳裏を過る。
だがザックの我慢は限界を超えていた!
「でもそんなの関係ないウホ、バレたら衛兵ぶっ殺して逃げるウホ」
吹っ切れた俺は作戦を立てた。まず日が暮れるまで待ち、西側にある低い防壁からソロソロと侵入する。
そして侵入さえすれば、いくらでも逃げ隠れ出来るはずだから後は野となれ山となれ。
実に完璧な作戦と言えるだろう。
夜になるのを待ち、人々のが寝静まるのを待ったザックは西の防壁の前に立っていた。
スラムの防壁だけあって、石積ではあるがあまり高くは無く、目測で4mほどだろうか。
ガタガタの表面は指を掛けるのに不自由せず、ロッククライミングの様に張り付きながら登っていく。
なにか違和感を感じるザック。
そうだ、己は4mの壁をスルスルと登れるような人間だったか?
地球時代は懸垂を数回するので精一杯、指の力は赤ちゃんと同等。
それが石の出っ張りに指を掛けて、壁を登るだと?一体俺の体に何があった?壁に張り付きながら思考を巡らせる。
何を……
何をされた……?
なんか都合がいいウホな
使えるなら使うに決まってるウホ
そう、くだらない事を考える暇があったら、さっさと侵入して飯を盗むのである。
ちょっとコズミックなホラーが脳裏を過った気もするが、眼の前に出てきたら、殴り倒せば良いだけである。
コズミックな奴らは、蒲焼とたこ焼きと海鮮丼に向いていそうな奴らばかりだ。
今なら食材として、逆に襲い掛かる自身がある。
「フン!フン!オラァ!」
防壁の上部に指を掛け、軽々と身体を引き上げる。
ウォーミングアップにもならないな!と考えながら俺は視線を上げた。
「な、何だあれは」
眼の前に広がるは、星の光を反射する真っ白な城壁。
それは遠近感が狂うほど巨大で、そしてその奥にはもう一枚のさらに高い防壁が見える。
城壁の足元には、こびり付いた苔の様に広がる『スラム街』
一体何万人住んでいるんだ、と言いたくなるほどに巨大で。
だがしかしその建物は、ボロボロの肋小屋である。
ああ、これは……
食べ物盗んでもバレなさそうウホね。
4mの防壁からサッと飛び降りる。
地球ならば骨折や死亡がチラつく高さだが、今のザックにはまるで踏み台程度の高さに感じた。
確信を持ち着地すると、痛みは無く。強めの衝撃を感じるだけだ。
(間違いない、この世界は空気にプロテインが含まれている!)
この一週間、泥水とキモい虫を食って萎びていた異世界への期待と好奇心が、ムクムクと回復して来るのを感じる。
「やるぞ、やってやるぞ!俺はこの世界で生き残って、楽しんでやるぞ!ぅぉぉぉぉぉおおおお!」
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さてまずは飯だ、流石にもうキモい虫は食いたくねぇ。
このキモい虫ってのが、体節が5個あるハエみたいな奴で、羽が6枚あるわ、脚がやたら頑丈で口の中に引っ掛かるわで最悪だったのだ。
しかも噛み切っても、千切れたままウゾウゾと口の中で這い回る。
こんな虫を食わされるぐらいなら、犯罪者になったほうがマシである。
(ま、既に不法侵入してるんだけどなガハハ)
等とくだらない事を考えながらも体は動く。
スススっと闇に紛れながら裏通りを歩く、狙い目は飲食店や酒場だろう。
大通りから一本裏に回ったこの通りには、大通りにある店達の裏口があるのだ。
ジロジロと裏口を物色しながら、隙がありそうな店を探していく。
最初は残飯か捨てられて居ないだろうか、と考えていたが。どうやら地球と違って、ゴミを店の裏に置いているわけでは無いようだ。
ならばもう侵入するしかあるまい。木の柵を軽々と乗り越え扉に張り付く。
扉には閂が掛けられていたが、隙間が多い手作り感漂う扉であり、その隙間から指を差し込んで、少しづつ閂をズラしていく。
実に無様な格好だが、そんな事は全く気にならない。頭の中は飯の事だけだ。
飯!飯!飯!
遂に閂が外れる。
意気揚々と扉を開け放ち。
そして、明らかに堅気ではない方々の顔面がこちらを向いていた。
真っ暗な店内に差し込む月の光、それに反射する瞳。
12の視線がこちらを貫く。
空気中のプロテインで強化された視力が、机の上にある、乾燥した何らかの草をはっきりと視認する。
どう見てもマフィアの密会所である。
「ゲッ…………ゲゲぇぇぇぇぇぇ」
転げるように飛び出し、一目散に逃げ出す。
リーダー格の男が「逃がすな!殺せぇ!」と叫ぶと同時に、下っ端共が怒号とともに追いかけて来る。
「まてやゴラァ!」「ぶっ殺してやる!」「ケツなあな!」「@※‘℃¢+{√⁈⁈⁈」
つかまってたまるかよぉ!
来た道を全力で引き返しながら疾走する。
強化された身体能力は、間違いなく人類の限界に迫っていたが、何故かマフィア共を引き離せない。
(この身体能力、この世界のデフォルトかよッ!?)
衝撃の事実に驚きながらも、それでも必死に走る事10分。
何とか振り切った俺は、地面に崩れ落ちた。
途中から道を外れ、家の隙間や、屋根、道なき道を必死に逃げ続けた結果。もはや自分が何処にいるのかすら分からない。
息が荒い、思考がまとまらない。
空腹で胃がキリキリと痛み、エネルギーを使い果たしたのか視界チカチカと点滅している。
丸々と肥ったネズミが俺の腕を齧っている、新鮮な死体だとでも思ったのだろうか。
もうどうしようもない、体が重い。
……ネズミ?
脳に電流が走った。
疫病、寄生虫、そんな事はどうでもいい、肉だ!
天は俺に味方したしたのだ!
歯、煌めく。
手が出るより先に口が出た。
まるでヘビのように顔を突き出し、ネズミの首筋に噛み付く。
ボキッ
頚椎がへし折れる音と共に、口の中にネズミの血と肉の味が広がる。
生臭さとエグみしか感じないが、それはザックには関係の無いことだった。
(美味い、肉だ、俺の肉だ、逃さない!)
一心不乱にネズミに噛みつき、その血肉を貪る。
そしてザックが我に返った時には、そこには何も残っていなかった。
血痕だけが、そこで起きた事を示している。
腹に感じる確かな満足感と共に、脳の回転が戻って来る。
「ネズミは虫より良いな、コイツがいっぱい居るなら取り敢えずは暮らして行けるかもしれない」
こんなに汚い場所だ、きっとネズミのような生き物も沢山居るだろう。
「そうだな、まずはネズミ肉の安定確保だ」
俺は立ち上がり、ネズミの巣を探すべく行動を始める。
ネズミに噛み付かれた腕の傷が、治っていることには気付く事無く。
______________________
真面目にファンタジー考えたら人類の身体能力がオリンピック選手かつ。ウ◯トラマンも真っ青な魔物が生息する世界になりました。
そしてネタバレになるのですが、魔素により強化された生物は、人間を含みとんでもない能力になっていきます。
実質的にレベル制ですね。
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