【ラジオホラー】それではお聞き下さい

仄か

それではお聞き下さい

 僕の日課は、夜中の2時にラジオをつけて本を読むことだ。そこで重要なのは、必ず読んだことのある本を選ぶこと。そうでないとラジオのせいで本の内容が頭に入ってこないからだ。


 今日も午前2時にラジオを付け、チャンネルを合わせる。いつも芸能人がパーソナリティをつとめる番組を聞いているが、チャンネルを合わせて今日はその番組が休みであることを思い出した。

 ならばたまには他の番組も聞いてみようと思い、適当につまみをいじって何か拾わないか試していた。


 ──ピー……ガガガ……ザザッ……


 ノイズ混じりの音とともに、かすかに声が聞こえてきた。


『……それで、私言ってやったんですよ』


 それは女性の声だった。中年女性といったところだろうか、少し低めの声だった。

 ラジオのパーソナリティらしくない話し口調であったため、僕は視聴者と電話を繋いで相談コーナーをしているのだと思った。

 その声は何やら嬉しそうに話すのだった。


『あなたそれ何か憑いてるじゃないの? お祓い行ってきた方がいいんじゃない? って』


 女性は声を弾ませて続けた。


『だって、それっておかしいでしょ? 私がこんなに心配してあげてるのに……ザザッ……なんて』


 時折ノイズが入り、女性の言葉を遮る。


『成程!それはお困りでしたね』


 ラジオのパーソナリティらしき男性が相槌を打つ。彼の声も弾んでおり、まるで昼時に街頭インタビューでもしているかのようだった。


『そうなんです! もう私は毎日気が気じゃなくて……』


 女性は興奮気味に話を続ける。


『それはきっとあなたのことが好きなんですよ!』

『えっ?』

『あなたのことを愛しているからこそ、あなたに危険が迫っていると感じ取って、守ってくれたんだと思いますよ』


 女性は考え込んだように黙ってしまったが、すぐに喋り始めた。


『……そうね、きっとそうなのね!』


 女性の声は一層高く大きくなり、興奮を隠せない様子であった。


『それならあの時の行動も⋯⋯ザザッ⋯⋯も全て説明がつくもの……それしかないわ!』


 僕はこの時点で、もう本の内容なんて頭に入っていなかった。ただ話の続きが気になって、ラジオに聞き入っていた。


『じゃあ今度会った時に気持ちを聞いてみないとね!』

『はは、良かったですねぇ。ちなみに次会うのはいつなんですか?』

『ええと……ザザッ……幼稚園のお迎えの時かしら』


 僕は少し違和感を持った。

 幼稚園児の子供を持つにはなんとなく歳を取りすぎている気もする。しかしその時は孫のお迎えか、なにか事情のある家庭なのかと思い、続けて話を聞いていた。


『……ザザッ……でもその時はお母さんも一緒なんですよね?』


 パーソナリティが女性に尋ねる。

 女性は大きくため息をついた。


『えぇ、そうなんです。どうしたら2人きりになれるかしら…⋯』

『それなら先日と同じ様に閉じ込めてしまえばいいんじゃないでしょうか』


 …⋯お母さん?閉じ込める?

 何だか要領を得ない内容に、僕は思わず首を傾げた。


『――ああ、その手がありましたね!』


 女性は再び嬉しそうな声を上げ、手を叩いた。


『そう言えばこの前の動画があるんですよ。見てみませんか?』

『えっ!? いいんですか? 少し待って下さいね。ディレクターに聞いてみましょう』


 そう言ってラジオは少しの間沈黙した。

 どうやらパーソナリティが裏にいる人間に確認を取っている様だった。

 僕はとても嫌な予感がした。


『……お待たせしました! 許可が出ましたので、動画、送っていただけます?』

『まぁ! 嬉しいわ! これラジオだから音声だけになっちゃうけど、私の幸せを皆さんにもお裾分けしたいもの』


 女性は興奮を隠しきれないようで、鼻息荒く語った。その様子はまるで、自身の宝物を友人に自慢する子どものようだった。


『早速動画が届きました。せっかくなので今日のミュージックはこれにしましょう。視聴者の皆さん、』


「それではお聞き下さい───」


 僕は慌ててラジオを切り、布団に入った。

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