★巻第二十「讃岐の国の女冥途に行きて、其の魂還りて他の身に付きたる語 第十八」

 今は昔、讃岐国さぬきのくに山田郡やまだのこおりに一人の女がいた。彼女の姓は布敷ぬのしきだった。この女はとつぜん重篤な病を身に受けた。家の者たちは、疫病神の機嫌をとるために、門の左右にさまざまな御馳走をお供えをして、いつ神が来訪してもおもてなしできるようにきちんと準備した。

 いっぽうで、閻魔王の使者である鬼が、病んだ女を冥界に連れていくために、その家にやってきた。女は死ぬ運命だったのだ。しかし、冥界から山田の郡までやってくる間に鬼は走りつかれて、布敷の家のお供えを見ると、後ろめたい気持ちがありながらも、それを食べてしまった。

 さて、鬼が女の魂を捉えて冥界を連れていくところになって、鬼は言った。

 「じつはおれはあんたの家のお供えを食べてしまったんだ。この恩には報いたい。ところで、あなたと同姓同名の者はいるかな?」

 女は答えた。

 「鵜足郡うたりのこおりに同姓同名の女がいる」

 これを聞いた鬼は、女を伴ったままその鵜足郡に行って、件の家を探した。そして、鵜足の布敷の女を見つけると、冥界の使者が持つ赤い袋からのみを取りだして、鵜足の女の頭に打ちこんだ。すると、鵜足の布敷の女は、身体と魂とが切りはなされた。

 以下、混乱を避けるために、山田郡に住んでいた布敷の女を山田、鵜足郡にに住んでいた布敷の女を鵜足と呼ぶことにしよう。

 鬼は、鵜足を山田の代わりに冥界につれていくことに決めたと山田に言うと、山田を解放した。これが鬼の恩返しというわけだ。山田は釈然としなかったが、ともかくこうして家に帰ることができた。彼女の霊魂が家につくと、身体ごと蘇生した。

 他方、閻魔王のもとに鬼が返ると、鬼の偽装はたちどころに見抜かれてしまった。

 閻魔王は言った。

 「これは私が呼んだ者ではないぞ。お前は間違って別人を連れてきたようだ。しばらくこの女はここに留め置くが、その間にお前は私が呼んだ山田の方を連れてきなさい」

 鬼はうまい言い訳も思いつかず、結局のところ、山田郡にふたたびやってきて、蘇ったばかりの山田の魂を捉えると、閻魔王のもとまで連れていくことになった。

 山田を見て、閻魔王は言った。

 「よし、これこそ私が呼んだ者だ。鵜足の方はすみやかに帰してやれ」

 このとき、鬼によって鵜足が山田と入れ替えられて、冥界に連れて来られてから三日が経っていた。その三日の間に、まさか鵜足が生き返るかもしれないなどと思わなかった彼女の家族たちは、鵜足の身体を火葬してしまった。だから、鵜足の魂は、その身体を失って、返り入るところがない。仕方なしに、冥界に戻ると、閻魔王に言った。「いったん家に帰ってみたけれど、私の身体はもうなくて、戻るところがないじゃない」

 それを聞いて、閻魔王は使者である鬼に訊ねた。

 「山田の方の身体はまだあるだろうか?」

 鬼は首肯した。

 閻魔王は鵜足に言った。

 「それならば、鵜足は、その山田の身体に入って、それを自分の身体としなさい」

 こんな次第で、鵜足の魂は、山田の身体に宿った。

 蘇るなり、彼女は言った。

 「ここは私の家じゃない。私の家は鵜足郡のところだ」

 山田の両親は、娘が息を吹きかえしたことをひどく喜んでいたから、こんなことを言われて驚いた。

 「あんたは私たちの子だよ。どうしてそんなことを言うの。記憶を失ったのかい?」

 彼女は、山田の両親たちにろくに取りあわず、さっさと鵜足郡の家に行ってしまった。鵜足の両親たちは、突如として見知らぬ女がやってきたのを見て、あやしんだ。

 が、彼女は言った。

 「ここが私の家よ」

 鵜足の父母は言った。 

 「あんたは私たちの子じゃない。私たちの子はもう灰になってしまったよ」

 それにたいして、彼女は、自分が誤って冥界に行くことになった経緯や、その後閻魔王の計らいでこの身を得て戻ってきたことをつぶさに語った。

 これを聞いた鵜足の両親が、娘の生前のことについて訊ねると、目の前の女は一つとして違えず、正しく答えた。こうして、その身体が違っていてもその魂があいかわらず鵜足の女であることがあきらかになって、両親たちはよろこんだ。その感激のほどは言葉にできない。

 その後、山田の両親たちも事情を知るところになったが、あらためて見ても我が子の身体であることには違いなかった。魂はもはやそこにないとはいえ、姿を見れば、愛おしい気持ちになるのは止めがたかった。

 そんなわけで、鵜足の両親も山田の両親も、これこそ我が子であると信じて、共に養うことにした。そして、彼女は、一人の女だったが、四人の父母をもって、二つの家の財産を得るところになったのだった。

 思うに、供え物をして鬼を接待するのも空しいことではない。それがきっかけとなって、こんなことも起こるのだから。また、人が死んだからといって火葬を急いではいけない。万が一のことではあるが、ふと生き返らないとはかぎらないのだから。

 そのように言い伝えられているということだ。

 

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