趣味は表現規制と粛清

浅賀ソルト

趣味は表現規制と粛清

 首都中央の高層ビル群は40階建てでつい最近完成した。俺のオフィスにやってきた女が着ているのは伝統衣装だ。刺繍の大量に入ったワンピースに胸元の開いた形の、これまた大量に刺繍の入っているベストを重ねる。腰に豪華なベルトを巻く。胸が強調されたシルエットになるのだが刺繍が豪華なので胸元はそこまで下品にならない。刺繍を見せるための形ともいえる。ワンピースの胸元に刺繍が入り、そこから外側に上着の刺繍が広がる。最後にスカーフを巻くと伝統のファッションになる。ワンピースの下にはズボンを穿く。これで馬に乗っていたんだろうなというのが想像できる。濃緑の生地に金糸を縫い込んでいる。タチアナという女性は地味な色合いの30代だ。

 隣の若い女は派手な色合いだがこれがまたいい。赤の生地と金糸がいいコントラストになっていた。澄んだ目で俺を見て微笑む。

 初対面ではない。自己紹介はもう何年も前にしている。彼女と挨拶をして、最近の事情などを聞くと、それがそのまま陳情に変わっていった。

「最近の若者は本当に西洋にかぶれてしまって」タチアナが頬に手を当てて嘆いた。「男も女も伝統というものを軽んじています」

 横の若い娘は目を閉じて首を左右に振った。表情だけで、まったくなげかわしいという声を伝えてきた。

 俺はその通りだと賛同を示し、何か手を打たなくてはいけない、有効な手はないものかと話をつないだ。これで話が終わるときもある。しかし具体的な話に進むときもある。今回は後者だった。タチアナ・バシャエフは控え目な態度で伏し目がちに口を開いた。それは策を上奏する古代の文官のような態度だった。

「私はいくつかの知り合いに相談しまして、怪しげなわけのわからない音楽を禁止する方法を考えてきました」

「ほう。音楽か」俺は自分のひげを撫でた。「どんな策だ?」

「海外の音楽ではなく、昔から聞かれてきた音楽を聞くべきです。聞いたことがないとか祭りの音楽扱いされていいはずがありません」

「そうだな」

 タチアナはその策を俺に教えた。「こうすれば連中はおかしな音楽は聞かなくなります」

「誰に相談してあるんだ? ボルチャシビリには伝えているか?」

「はい」彼女はほかに何人かの名前を挙げた。どれも知っている名前だ。「ほかにこの国の音楽を憂いている人に心当たりはあるでしょうか?」

 俺はそこで彼女が名前を挙げなかった何人かを紹介した。相手の情報も添えた。強気で馴々なれなれしい方がいいとか、とにかく褒めて褒めて褒めまくった方がいいとか、相手によって攻略方法はまったく違う。損に敏感なタイプと得に敏感なタイプがいる。愛国者といっても実態は様々だ。

 情報を受け取った彼女は、「ありがとうございます」と礼を言って去っていった。

 味方がいる一方で敵がいる。進歩や進化といって国をめちゃくちゃにしようとする奴らだ。味方は彼女が増やしてくれるだろうから、俺は敵を切り崩していこう。

 西洋音楽で儲けを出しているところというと音楽業界のほかにはイベントやコンサート、あとはメディア関連だろう。マスコミ関係も禁止されると困るはずだ。現時点でも音楽がすべてオーケーとはなっていない。検閲はどこの国にもある。検閲を通すためには賄賂のやりとりがある。全面的に禁止すると賄賂が受け取れなくなるので役人は反対するはずだ。けしからん思想やけしからん音楽がそいつらの儲けになっている。

 文化庁の建物は近い。高層ビルではなく敷地の広い美術館のようなモダンデザイン建築になっている。

 俺は交渉の前に秘書を呼んだ。「西洋音楽の禁止に反対しそうな奴というのは何人くらいいる?」

 髭を鎖骨まで伸ばしている秘書は一瞬だけ間を置いた。「禁止なさるのであれば誰も反対はしないかと思います」

「……」俺は説明を待った。

「あなたが決めたら、反対する人間は周りが見つけます。問題ありません」

 自分でも分かるほど歪んだ笑顔になった。いつのまにかその地位まで来ていたか。「そういうことなら、誰も反対しないとつまらん。誰か用意しろ」政府に逆らってひどい目に遭う奴というのは定期的に見たくなるものだ。

「かしこまりました」

 俺はまだ見ない粛清相手の反応を想像して、それだけで楽しくなっていた。

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