ハダプとエンデエルデ




 ハダプは透明な見えない壁である。

 ハダプは太陽光を通す。宇宙線も通す。

 しかし人工衛星は塵一つ通さなかった。

 十年前、ラトーの大群により損傷を受けて航行維持不可能となった人工衛星たちは軌道を離れて重力に引きずり込まれ、大気圏で燃え尽き……なかった。成層圏まで落下した人工衛星は全てハダプに跳ね返され、さらに高い軌道へ浮上してスペースデブリとして未だ星の上を漂い続けている。今海底に沈んでいる人工衛星はハダプ生成前に破壊されたものである。

 その後の調査で太陽や星の観測結果のずれが判明し、レトリアの言う通りハダプは動いていることが分かった。

 ハダプは壁というより膜に近いと研究者たちは認識を改めた。レトリアによるとハダプはかつて成層圏以下にあった物のみを判別してシャットアウトする性質を持つらしい。人工衛星も打ち上げ前は地上に存在していた。レトリアの説を裏付けるために観測部門は隕石、地上に被害を及ぼさず大気圏で燃え尽きる程度のサイズ、の落下を待ち望んでいる。レトリアの言葉は神の言葉、その証明に立ち会えることはこの上ない名誉である。

 しかし神であってもレトリアであってもハダプを打ち破り、聖典からその存在を預言されていた悪魔ラトーを駆逐するのは至難の業だった。

 神が人間には想像もつかない奇跡を起こしてきたように、神と比べれば矮小わいしょうで無力な人間でも神にはできないことができる。


 それが超巨大粒子加速器エンデエルデである。エンデエルデはハダプを形成している素粒子群を取り込み、そこにレトリアの力を混ぜることで核兵器が何回爆発しても追いつけないほどの強力なビームをハダプに向かって放出する。ハダプ自身を利用してハダプと、その先にあるラトーの拠点を破壊しようという計画である。

 レトリアが簡単な設計図を作成し、その案を聞いたエドフィック・ローレンス含む研究者たちが知恵を出し合い実用へと運んだ。エンデエルデは成層圏まで伸びてハダプの素粒子群を取り込む加速器と、地上から真っすぐ伸びてビームを放つ砲身の部分から成り立つ。

 加速器の大部分が地面とは垂直の観覧車のような形で作られているのが最大の特徴である。成層圏に迫るほどの巨大な円形の自重による崩壊やエネルギー充填の劣化を防ぐべく、まず建設用フラルが円形に組み立てられてそのレールの上に加速器が敷かれている。さらに各レールからはタイヤのスポークのように補助の線形加速器が中心の砲塔に向かって伸びている。

 その結果、余計に車輪というか観覧車に似た形になっている。



 ハダプもエンデエルデもレトリアが名付けた。

 ハダプの語源は大昔に存在していたある国の言葉で、元々は『割れた』という意味を持つ。

 そしてエンデエルデは『この世の果て』を意味する。

 が、その国について知っている者はレトリア以外もうこの世に存在しない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

よはばら~この世は薔薇、咲けども咲けども棘のまま外伝~ 水長テトラ @tentrancee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ