断章:歴史の終着点
古代、神が人の国におられぬことを悲しんだ人類は神の偶像を作り、人の国に恩寵をもたらされることを祈願した。最初のうち、神は人々のそのような様子を優しく見守り偶像を通じて奇跡を起こされていたが、次第に偶像が神の意志に反して勝手に動き出すようになった。神とは相容れないエネルギーが人の国から生まれ、偶像に宿りて神を
神も天使も人の国へ直接降りることはできない。偶像には偶像で対抗する。神は天の国と人の国からそれぞれ材料をかき集めて、毒の花を摘むための巨人を造りあげた。
巨人と毒の花の戦いは明けても暮れても続き、最後に神が増援で巨人に託した鋏が花の根を断ち切って毒の花は腐り死んだ。
だがそのときには既に巨人も全身に毒が回っていた。
やがて毒の花と巨人の亡骸は溶け合って一つの土塊と化した。神は塊を天の国へ引き上げると毒を清め払って新たな形に作り直した。
これが神造要塞ティルノグとマグメル、そしてレトリアの起源である……。
〇 〇 〇
シャハトはライブラリの電源を切り、脳内回路を通信に切り替えた。
油彩で描かれた神代の戦争が消えて、目も耳もない恒星型の頭を持つシャハトの視覚に遠く離れたバロルク研究所が流れ込んでくる。
白い人型の巨体、背中から生えた翼にも似たガンブレード。何体もの人型兵器の頭部と胸部が整備ドックの最奥で磔にされている。脚部までそろっているのは極わずかだった。
視覚はドックから屋外の開けたフィールドを突き進む。崩れた大地に骨を継ぎ足して形成された中継基地は、上下に走る糸と左右に走る糸から成り立っている。人間が見たら工事現場の足場を彷彿とさせる糸が交差し合う空間の上には紺碧の空が広がり、底には黒々とした波が渦巻いている。
シャハトの聴覚にノハヌイからの音声が流れ込んでくる。
『シャハト様、バロルク量産システムの安定化に成功しました。今、カトリーヌ隊が試運転でゲートを開いていますが経過は至って順調です。パイロットとゲートさえ固定できれば、随時ラプセル内に投下できます』
「うむ、ご苦労だった」
『しかしトイヒクメルク産のバロルクが、天使の乗り物に化すとは……それも人間の不浄な身体を通して……』
「驚くのも無理はない。人間にしか操作できない兵器に頼る他ないのは無念だが、逆に考えれば彼らが救済され我々と同じ天使になれる日がそれだけ近づいているということだ。神代の兵器を人の手が模造しようとした過ちの成れの果て……これらを正しき道へと導いてやるのも我らが務め」
『トイヒクメルクが汚した人の国、地の国を、トイヒクメルクの兵器で清める……皮肉なものですね。それからバロルクに増設する呼吸装置についてですが……』
「ああ、承諾が済んでいなかったな。ぜひ提案通り倍の量にしてくれ、レトリアやアンヌ・ダーターのような犠牲をこれ以上増やしてはならない」
『ありがとうございます。……あの、レトリアは本当に元に戻るのでしょうか?』
「おや、作戦に何か
『とんでもございません。ただ、トイヒクメルクに汚されきったレトリアを神が元に戻されるとすれば、それは元に戻すというよりもはや新しく作り直すと言った方が正しいのではないかと。単なる表現の疑問です』
「ではノハヌイ。君は天の国から人の国に降りて人間として生き、死後神によって人の国の痕跡を清められて天使になった。これは天の国に作り直されたというべきか、それとも天の国に戻ったというべきか?」
『なるほど……どちらも等しいですね』
「そう、どちらも同じ意味なのだ。人の国でどんな過ちを犯そうが、神は赦して清めてくださる。
『そうだったのですか』
「しかし生まれてこない方が幸せだった子がいるように、生まれてこない方が幸せだった国もある。ラプセルとレトリアが呪われた国トイヒクメルクの道連れにされてしまったのは甚だ遺憾だ」
シャハトの視覚の景色が目まぐるしく様々な風景に入り乱れる。バロルク量産型がゲートを開いた。
「今はまだどこにも神へと至る道はないが……レトリアが本来の使命を思い出せば、トイヒクメルクとの接続は断ち切られ、神と接続できるだろう」
ゲートが一瞬透明になり、その向こうで黒い渦が津波のように盛り上がっているのが見える。
「そうすれば我々も帰れる。神の御許に」
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