第29話 教習所
全身の血液が逆流する程、何かが身体の奥から沸き上がる。まるで両手に日本刀を持っている感覚だった。
はっと我に返りハンドルを強く握った。フロントガラスに反射する夕陽が眩しかった。何今の?私は今までに感じた事が無い感覚に襲われた。
自宅には何台か車があったが、父は二年毎に愛車を代えていた。二大日本車製造会社の車を交互に購入していたのだった。黒い車を購入した時は、祖母達の怒りが激しかった為か、早々に買い替えた。一年に一度、私達の夏休みに父が母と私達を乗せて遠出をするのだが、広い後部座席に妹と乗せられ独特の臭いにすぐに酔っていたし、何処に連れられて行ったのかさっぱり記憶に無い。ただ祖母達から離されて、ほぼ交流の無い父達と長時間の拘束が、とにかくしんどかった。
車の免許は田舎では必須だった。車が無かったら何処にも行けない程、交通手段が無く、バスはかろうじて通っていたが、本数が少なかった。
中学生の頃、最寄りのバス停でバスを待っていたら、ギラギラのシルバーのホイルカバーをした黒塗りのベンツが、目の前に横付けして停まったなぁと思っていたら、助手席の窓のスモークバリバリの真っ黒い硝子がサァーとさがった。何処まで行くの?送って行くから乗って、電話番号は?などなどしつこくて気持ち悪い事が起きた。バス停に待っていると高確率でそういう面倒臭い事になる。なので、私は校則違反だったが、夏休みに隣町の自動車教習所に通った。いつも十三番で呼び出され、三人の変態教官を盥回しにされた。
そんなに手がびしょびしょだとこっちは嬉しいね、何処までもびしょびしょなのかな?そんな手ではハンドルが滑ってしまうよ、君が下着姿で僕の車を洗ってくれたら、判子を押してあげるよ、などなど五十代のオジサンが真面目な顔をして、つらつらつらつらと変態言葉を並べ立てながら、助手席で評価板を持ちブレーキを踏む。教習所の嫌がらせか、と思わざるおえない程、最後まで変態教官三人組が、私の担当だった。よくそんな状況で免許証を取れたな、と当時の自分に本当に感心する。本来なら、奴らの顔に熱湯か硫酸をぶっかけに行きたいところだが、もう、とっくに死んでいるだろう。残念だ。
そういえば、教習所では十三という数字が毎日毎日何ヵ月も私の呼び名だったが、十五年後、その十三という数字に縁深い男性と結婚することになる。
彼は、私に初めて出会った時、私の守護霊達から、遅い!と怒鳴られたのだった。
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