第26話 夏休み

早退します、元気に担任の先生に伝えて給食を食べてから、クラスメイトの男子数名は帰宅した。

どうして?クラスメイトに聞いたら、祇園の練習だって。とのこと。彼らの住んでいる地区は田んぼだらけで、六月に水上様の御祭りがあるから、小学生の男子はこの時期学校を早退して田植えを手伝ったり、山車の準備をする。地区ごとに上組合、下組合があり、嫁入りや、おぴしゃ、などなど組合の行事が沢山あり、おぴしゃなどはその年その年の当番制になっており、当番に当たったら、神城が廻って来るのだが、毎年二月一日に組合の家にあたる住民が夫婦で参加するので、その為の御馳走を用意しないとイケナイが、食器もあり得ない程用意して置かないとイケナイ。一階には、八畳と六畳の畳の部屋が続きで、絶対に無いとイケナイ。また組合の人達全員が座れるだけの座布団やテーブルが無いとイケナイ。ビールやお酒なども振る舞うので、ビールが何ケースも運ばれて来たり、徳利やら御猪口やら物凄い数の食器が、自宅の食器棚を占拠していた。付き合いは、絶対で、付き合いが悪いと村八分にされた。おぴしゃ当番の日は、祖母に言われて、私達子供は二階へ避難していた。おぴしゃは、私にとって、テレビが見たいのに邪魔をする嫌な行事だった。

祖母は病気の宝庫だったのに、お酒にわりかし強かったので、組合連中に巧く付き合っていた。母は、私を捕まえて、顔を見られてはダメよ、二階へ行っていてね、と支離滅裂な事を言っていた。

二階へ上がる階段の上には、母の油絵が飾られていた。母が中学生の時に描いた自画像で、二科展で入選したらしい。おかっぱ頭のぬんとした顔だった。二階には何枚か油絵が飾ってあったが、全部母の作品らしい。そんな絵を描いていたなんて、今となっては一ミリも思えない。

私は油絵より、日本画の方が好きだったが、床の間に飾ってあった掛け軸には、あまり興味が無く、祖母は季節ごとの綺麗な花の絵や鳥の絵の掛け軸を代えたりして丁寧に扱っていた。何年も経ってから、もっと大切にしてあげたら良かったのに、と後悔した。

祖母と弥生さんは、私達姉妹に、小学校の先にある呉服屋で毎年浴衣を新調した。私達姉妹も敬老の日には、その呉服屋で、祖母や弥生さんに洋服を選びプレゼントしていた。一着五千円はしていたので、当時にしたらかなり高価な品物だった。記念日以外も学校の体操服やら下着やら、ほぼ全ての衣類をその呉服屋で調達していた。呉服屋の若旦那が高級車を乗っていたが、うちのお蔭じゃないのか?と子供心に思っていた。

私達の地区の御祭りは、水神様ではないので、七月下旬に行われる。母に囲われて育った為極度の人見知りな弟は、毎年御祭りの準備が嫌で嫌で仕方なかった。

夏休みになったばかりだったが、宿題はほぼ終えて余裕の私は、祖母に買ってもらった浅葱色の蝶々の柄の浴衣を着て、目と鼻の先の御祭りに出掛けた。自宅から数メートル進むと沢山の出店があり、同級生も何人か出て来ていて、幼馴染みと金魚すくいに熱中していると、右肩をポンと叩かれた。え?と顔を上げると、一つ年上の先輩のお兄さんだった。何を話したかあまり覚えていなかったが、なんとなく馴れ馴れしくて嫌な感じが残った。先輩はお兄さんが大好きみたいで、ベタベタしていた。私もお兄さんが欲しいと思った事はあったが、ベタベタし過ぎて気持ち悪いと思った。

気持ちを切り替えて、幼馴染みとりんご飴や綿菓子など、橙色の金魚を入れたビニール袋と一緒に持ち歩いた。真っ赤な鼻緒が、親指と人差し指の間を締め付けて、痛くてもう草履は履きたくない、と毎年思うのだが、結局、祖母達に毎年履かされる。ゴム風船すくいも遊び、桃色や紫色のゴム風船を獲得し手に持ちきれなくなったので、帰る事にした。薄暗くなりだした頃から真っ暗になるまで、外に出られている事が何だかワクワクして嬉しかった。

私達の夏休みは忙しく、朝は一年生から六年生までの登校団で団員の家の庭に集まりラジオ体操、午前中は別の団員の家に集まり共同学習、午後はプールにドッチボール大会の練習、夜は塾などなど、土日も休み無く塾か、ドッチボールの練習だった為、当時国民の四割以上が観ていた〇〇だよ、ニョロニョロ的な番組は、私はほぼ見た事が無かった。魔のお誕生日会もあったしね。夏休みはとにかく忙しかった。そんな夏休みも終わり、新学期になって、全校集会で、あの先輩のお兄さんが事故で無くなった事を聞くことになる。

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