第23話 椿

弥生さん宅の方に広い庭や畑があった。どのくらいと言われても気にした事が無かったから、よく解らない。統一さんの遺した犬黄楊や黒松等の立派な庭園もあったが、千代さんは果樹や草花が好きなので、かりんや梅、柚子、金柑などなど色々な果樹が植えてあり、良く梅を捥いで来ては、南の縁側に大きな笊を何個も置いて、その上に大事そうに一粒一粒丁寧に並べていた。何しているの?と聞いたら、梅の実を梅干しにするから乾燥させているんだよ、と教えてくれた。沢山の梅が浸けられている壺が、台所の床に置いてあった。子供の頃の私には酸っぱすぎて、あまり食さなかった。今思えば、もっと食べておけばよかった。いつまでもそこに在ると思っていた。

幼少期の私は植物に囲まれて育ち、八吉さんの盆栽の植え替えなども、傍でじぃっと見ていた。八吉さんはビニールハウスも建てていて、その中は蒸し暑く、見たことも無い綺麗な花が咲いていた。花の名前を聞くと、カトレアだと教えてくれた。小学二年生の頃の転校生の家にお邪魔した時、その子の家のリビングに一輪咲いたカトレアの鉢が目立つように飾ってあった。彼女の父親がカトレアの名前を度忘れし、何だったかな?と話して居たので、私はカナリアに似た名前だったよ、と伝えた。私もカトレアを度忘れしていた。そんな彼女がとても可愛らしい薄灰色のインコを飼っていて、可愛いでしょ、と見せてきたので、羨ましかったが、翌日、学校でインコが急に亡くなった事を聞かされた。

八吉さんの温室には、オレンジ色の花を一本のすぅっと伸びた茎から何個も咲かす君子蘭の鉢も、沢山並べられていた。

弥生さん宅の後ろ側には畑があり、畑の縁にはあり得ない程の大株になったギボウシが、毎年薄紫の花を沢山咲かせていた。草花もアガパンサスや菖蒲に燕子花、グラジオラスなどなど、ところ狭しと植えられていた。

畑では春になると種蒔きが行われ、私達はよく、種を蒔く所に丸い穴が空いた黒いシートを一列に張るのを手伝わされた。シートを張ったら両脇を鍬を下ろし土を被せる。これも私達の仕事だった。蒔いた種が発芽して夏には玉蜀黍が食べられるのは嬉しかった。大きな樹木も在り欅などは秋の落ち葉の量が半端なくて、私達のお手伝い業も庭葉掃除に当たったら最悪だった。雨戸の明け閉めも、重くて何枚も在るから大変だったけど、比べ物にならない位時間が掛かった。長い長い廊下の雑巾掛けは、雑巾をよく絞らずにふざけてやっていると左肩を外した。祖母も母もぎゃあぎゃあ騒ぎ、隣町の接骨院まで母の運転で連れて行かれた。二人共心配そうだったが、私は久しぶりに母と二人きりになれて嬉しかった。味を占めた私はまた左肩を脱臼した。が、今度は祖母より、雑巾掛け禁止令が発動されてしまった。二度ある事は。。である。

そんなところ狭しと植えられている花達も、冬は流石に花数が少なくなり、隣家の塀越しにこちらに延びている椿の花を良かれと思い切って仏壇に御供えしようとしたら、祖母に止められた。

椿は駄目だよ、御先祖様にはあげないの、椿は花が終わる前にポトッと花だけ落ちるでしょ?まるで首を斬られた様に。と祖母に言われた。

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