第11話 声

中学生になったら、夜遅くまで勉強しないといけないから、自分の部屋が必要だし、部屋で眠るようにして!と、母に言われ、母屋の母が学生の頃使用していた部屋を渡された。急だなぁと思ったが、もう、弥生さんの家では眠らない事になった。

私の部屋の前には、東に大きなガラス扉が続く長い廊下があり、六畳程の部屋の扉を開けると、西に開閉式のわりと大きめな窓があった。何の飾り気も無い、面白味も全く無い部屋で、母が使っていた立派なベッドと、父の母親が購入した机と椅子が置いてあった。天井は、有難い事にただの合板だった。父に毛足の長いベビーピンクの絨毯を買ってもらい、電気笠も変えた。母のベッドにはヘットレストがあり、目覚まし時計が置けた。ベッドは、部屋の東南の角に東枕で置いてある。それと対角線上に、北西の角に机が在り、北を向いて座る形だ。廊下のどん詰まりに私の部屋は位置していた。

ただ、日中だろうが、いつだろうが関係無く、机に向かっていると、背後から視線を感じた。じとぉと、粘っこい重たい視線だ。

気のせいだ。

いつもそう思うが、感覚は消えないし、勉強に集中出来ない。

クルッ、恐怖心に蓋を被せて思いきって振り返って見た。

何も見えない。

見えなくて良かったし、気のせいか?と思いたかったが、ずっと感覚は消えない。

夏休みの昼過ぎ、ベッドで昼寝をしてしまっていた。宿題やらないと、と、目が覚めた。仰向けに寝ていたので、時計を確認しようと、身体を捻ろうとしたが、出来なかった。キィィィンかなり甲高い金属が擦れる様な耳鳴りがした。ドン。ドスンと胸の上に重石を置かれた様に、胸が苦しく、押し潰されそうに感じる。

何?

とりあえず右手の中指を動かしてみるが、ピクリとも動かせない。全神経を集中させてもう一度動かしてみるが、動かせない。え?え?はぁはぁはぁ呼吸が、苦しくて苦しくて浅くなる。目玉は左右に動くが開けられない。一連の動作確認が、とても長い時間に感じた。

誰?

誰かが居る。気配を感じる。

私の部屋の南西の角の天井に、ソバージュのロングヘアーの女性が張り付いていて、こちらを睨んでいる。顔色は浅黒い。パッチリ二重の大きくつり上がった目に高めのスッとした鼻、目鼻立ちは、はっきりしている。

彼女からは、とても強い怨念と殺意を感じた。熱い。炎を直で口の中に入れられた感覚がする。

四十代位のスナックのママで、どうやら絞殺されたらしい。

何故?そんな事が解るの?私。どうしたの?私は呼吸が出来なくて、とにかく彼女に

消えて下さい、消えて下さい、と必死に念じていた。

ふっと、全身の緊張が一斉に解けた。はぁはぁはぁやっと呼吸が出来た。

何だったのだろうか?何故私にこんな事をするのだろうか?

見覚えも無い人。リアルには見えていないけど。


そんな事があった事も忘れていた頃に、それはまた起きる。

今度は、期末テストが近い冬だったので、寒さ防止の為、掛け布団で首もとを覆って居たのだが、その掛け布団を、フワァと下にずらされた。え?考える時間も無かった。私の部屋の床は毛足の長いベビーピンクの絨毯が敷いてあるのに、砂利の上を歩いて居る音がした。冷たい風が私の首元を通った時に、彼は、両手を私の首に置いて、ゆっくりゆっくりと、確実にしっかりと、力を込めて絞めながら、横向きだった私の左の耳元で、まるでバスルームで話しているかの様に、エコーがかかった声で、

「半殺しにしてやる、半殺しに。。」

と、言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る