第9話 白い手

小学校高学年にもなると、学校から帰宅したらすぐに宿題をやること、と祖母から言われていたが、学校で担任教師から急な頼み事をされ帰宅が遅くなったり、塾が夜遅くまで延長されたりして、学校の宿題をやっている時間が無い日もある。その日も宿題をやる為に、弥生さん家の寝室横にある小さな炬燵に入り、ひじ掛け付きの座椅子に座った。炬燵天板の奥に蒲鉾型の白い時計を置いた。弥生さんと妹はもう眠る時間の為、明かりは当時流行りの手元で電源のオンオフが出来るテーブルランプだけにした。明日は国語の授業で漢字テストがあるから、漢字ノートの一マス一マスにひたすらテスト範囲の漢字を書いていた。鉛筆は毎日綺麗に赤色の小学校の入学祝いで貰った電動鉛筆削りで削って置いたので、可愛いキャラクターの半透明なキャップが鉛筆一本一本に被せてある。消しゴムは当時流行りのねりけしの匂い付き。ねりねりしていると美味しそうな匂いが強くなり、つい消しゴムを食べたくなる。漢字をノートに書いていると、右手の小指から手の端が黒く汚れる為、やはりお風呂に入る前に勉強はするべきだった等思いながらも書き続ける。

今、何時だろう?

顔を上げて時計を見た、十時四十分。確認した時計の右隣から、真っ白で、指も細く長い綺麗な手が、スッと出てきて、天板の縁で奇妙な動きをしていた。とにかくペンキ塗り立ての白くらい白い。真っ白い。

ん?

私は、とっさにそれから目を離し下を向いた。鉛筆で黒くなった右手でゴシゴシ右目を擦った。左目も擦った。何度も瞬きをしてみた。頭からスゥーと音がするくらい何も考えられない。意識を集中させる為に頭を横に振ってみた。身震いがする。

何?

まさかね、そんな事在るわけ無いという漠然とした自分を疑う偽尊心と、絶対にこっちに来るなよ、という恐怖心の狭間で勇気を振り絞りもう一度顔を上げる。

居た。。まさか、本当に、見えている、それは存在している。今、私の目の前に、それは、まだ居た。

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