第8話 足音

まただ。

スッスッスッスッ、スッスッスッスッ。。


八吉さんは、私が幼稚園の年中さんの時に亡くなった。

立派とは決して言えない、どちらかと言うと粗末な建て付けの二階に喚ばれ、手を握ってくれ、と、弥生さんに頼まれる。私は言われるままに、何でこの人達は座らないで立って居るのだろう?と不思議に思いながら、うじゃうじゃ大人が集まっている足の間をすり抜けて、布団に横たわって眠っている八吉さんの横に、ちょこんと座らされる。大きくて、まだ温かい手に、そっと己の手を添える。弥生さんが、私が来た事を大きくてしゃがれた声でつっかえながら告げる。

「良かったね、良かったね、朱里が来てくれたよ。解る?」

一筋の涙が、八吉さんの頬から伝って枕に染みた。


八吉さんが亡くなって三年。

毎晩の様に一階の畳を摺り足で歩く音がする。畳の部屋を隅から隅までくるくる廻って居る様だ。

スッ、タンタンタンタン。。

上がって来た。

障子を開けて階段を上がる音がする。

階段何段あるっけ?

私はそんな事を考えながら、布団を頭の先まですっぽり被り、隣で寝ている弥生さんをつついてみるが、起きず、妹も揺すってみるが、起きず、ブルブル震えながらも必死の力で布団を握りしめ、ただただ来ないで!と念じるのだった。

すると、ピタリと階段と二階の寝室への境の障子の前で音が止んだ。

あぁ良かった。

それが何日も繰り返される。

一階の引き戸が開く音もする時がある。泥棒かと思い、何度か弥生さんを起こして、下まで確認に行かせた。

妹の夢遊病が落ち着いたら、怪音。

私はいつ寝ていたのだろう?

天井を見ると、天然杉の板張りだが、木目が人の顔に見えてくる。

ある時、その足音が、とうとう、階段と寝室への障子を開けて入って来た。私は、嘘だ嘘だ、夢だ夢だ、と思い込もうとしたが、その足音の持ち主は、私の枕元に座り胡座をかいた。もちろん私は頭の先まですっぽり布団を被って居るので、見えて居ないのだが、そう思えた。そして彼は、大きな溜め息を一つついて消えた。

しつこい様だが、見えて居ないのだが、彼だった。

八吉さんだ。


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