第5話 父

「帰って来てね、て、ほら、言うんだよ、言ってごらん、ね。」

黒く冷たい受話器を大人達から持たされ、訳もわからずに、

「帰って来てね」

と、言ってみた。弥生さんの少し掠れた啜り泣く声が聴こえる。大人達がそれぞれがどうしたら良いのか、とにかく、私を電話に出したら良いのではないか、などなど、頭の上で揉めている。

何があったのか、何が原因なのか、未だに良く解らないが、弥生さんの旦那さんの八吉さんと、父が喧嘩をして、それぞれが家を出て行ったらしい。

私は物心付く前から、弥生さんや千代さんやらに父から離されてきた。何故だか、父とは祖母達が亡くなるまで、疎遠であった。

そんな父とその後、本当に二十年も全く会わなくなるなんて、あの頃は、思いもしなかった。

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