第2話 弟

「お母さんは?」

「お母さんね、赤ちゃんが産まれるの、今ね、お父さんが病院へ連れて行ったからね。」

母親の姿が見えなくて不安になった私に、千代さんが炬燵から蜜柑を転がしながら教えてくれた。

炬燵は、小さな正方形の焦げ茶色の天板に湯呑みのあとが付いていた。赤や橙色の毛糸で編んだ幾何学模様の炬燵布団カバーが掛けられていた。

母親は、暫く帰って来なかった。

三人目の子供だからと、臨月まで仕事をしていたら、前置胎盤だったのだ。

田舎の産婦人科だからか、間に合わなかったからか、母は、麻酔無しの切腹で、弟を産んだ。

弟は、真紫色で産声もあげずこの世に誕生した。

医師が言うには、母も弟も助からないか、もしくは運が良くて片方のみ助かるか、どちらかだろうと。

だが、母も弟もどうにか一命は取り留めた。弟は涙腺が無いとか色々不具合が生じていた為、何ヵ月か入院して治療をするらしい。赤ん坊の頃の弟の記憶は、私には全く無かった。話をする様になった弟は、色白でどちらかと言うと見た目は私に似ていた。四つ離れて居たので、新しいぬいぐるみかお人形さんかぐらいに可愛がった。ただ、母が今度は引き離されまいとばかりに、弟を何処に行くにも連れて行った。弟は母に隔離されて育った。

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