第13話 鶫の添削
このまま歌会に入る流れでしたが、待ったをかけました。もう少しメンバーの短歌感を聞いてみたくなったのです。そこで風邪で伏せっている時に推敲した歌を披露します。
元歌:かなしみは五月の底で
やわらかく愛した日々の雨の囀り
「前回、酷評された歌ですが、問題点を考えてみました。歌会では説明出来ませんでしたが、意図としては、悲しい気持ちで五月を過ごしています。やわらかく愛した日々が雨の中の囀りのようでした。
指摘を受けたのは、この悲しみの質の部分。なにがそんなに悲しいのかがわからない点です。
正直いいますと、そこまで深く考えていませんでした。そこを的確に指摘されたわけですが、三十一音に入れ込むスペースを見つけられません。
そこで悲しみの質を変えることにしました。
注目したのは上下句をつなぐ言葉の『底』です。『底』と書くと、どん底のように気持ちがすごく落ちている状態になります。
そこで言葉を『久遠』に変え、更に順番を入れ替えたのがこの歌です」
推敲1:かなしみは久遠の五月
やわらかく愛した日々の雨の囀り
「悲しみの感情を、将来の不安に置き換えて、現状の『愛した日々』を主役にと主客を変えてみました。そのことによって、今の満足している生活の中にふと湧き起こる不安を、読み取れるようになったと思います。
これはこれで気に入ってはいるのですが、より私らしい歌に推敲したのが次の歌です」
推敲2:かなしみは晴れた五月の
やわらかく愛したひとの雨の囀り
「今度は『晴れ』に変えて、順番を入れ替える。更に『日々』を『ひと』に変えて、悲しみの対象を日常から、元カレとの会話に、限定的なものにしました。たった二箇所変えただけですが、全く別物の歌になったのは、私も驚きです」
しばらくメンバーは黙っていましたが、口火を切ったのは夏芽さんでした。
「いいんじゃないか。推敲した二首とも、前よりずっと良くなっている。僕は二首目が好きだね。ツグミンの個性が出ているし、何よりも天気の比較により、『雨の囀り』の詩性が強化されている」
北壁さんも頷きながら、
「俺は一首目が好きだな。主客がはっきりした分、悲しみの理由も明快になり、漠然とした不安からの悲しみが腑に落ちる。その悲しみもいつもではなく、まるで雨が降るかのように時折のニュアンスも見え隠れする。悪くない」
ゴン太さんは大きく頷いてから、
「元の歌から変えた箇所はわずかだけど、この二首はまったく別の歌だ。今の生活が終わってしまうかもしれない不安、元カレとの別れの会話、悲しみの本質が違うから、それぞれの良さがある。一言で『かなしみ』といっても、具体的な意味は違う。それが読み取れる言葉があった方が、共感できる歌になると僕は思う。どちらがというより、どちらも良い。ツグミンは勉強家だね」
ゴン太さんが、こんなに長く話すのを初めて聞きました。人見知りと聞いていたので、歌仲間として受け入れてくれたのだと思うと、素直に嬉しいです。そして、最後の難関である、雲助さんのメガネのくいっが入りました。
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