第8話 年貢の納め時

「グッチの野郎、やべえ奴らとつるんどった。もう金とれんて、ありゃ」「木村さんに払う金、どうしようしゃん?」「それよりよ、グッチが仕返ししに来るんと違うか?」


いよいよ追い込まれたのは大矢と赤井たちの方だった。

あんなおっかない大人をバックにつけた以上もう今までどおり金は巻き上げられない。

一番若くて一番危なそうな奴に連絡先を押さえられてしまったのも気がかりだ。

何より自分たちの悪事が警察に露見するのが時間の問題だということにおののいていた。

冗談か本気か「自殺に見せかけてグッチ殺るか、遺書でも書かせて」とまで話していたこともあったというからあきれたバカどもだ。


一方土浦、川瀬、井上の三人の大人たちは一成からカツアゲの全貌を聞いて驚いていた。

なんと総額は五千二百万円に達していたのだ。

一成はいつどこで誰に何をやられ、いくら取られたかを正確に覚えていたことも驚きだが、その額は中学生の犯したカツアゲにしては異常すぎである。


そして土浦たち三人は一成の母に警察に訴えるべきと説得した。

最初「ほっといてください」とかたくなだった母親だったが、「我々も協力します」という三人の熱心さを前に「よろしくお願いします」と了承した。


訴えるにしてもまずは証拠集めである。

三人は母親に通帳のコピーを出してもらい、引き落とし額と巻き上げられた金額との整合性を確認し、警察に提出するための証拠とした。


また、犯人は複数の不良少年であるから一成が報復されるかもしれない。

その点でも土浦は抜かりがなく、かつての後輩などに電話して「扇台中三年の神谷一成という自分の弟分に手を出す奴は許さない」という断固としたメッセージを悪の世界の方々に広めさせた。


三人の男たちの協力の下で数々の証拠をそろえた上で、3月14日に母子は愛知県警・中署に被害届を提出。


三週間の捜査を経て、ようやくこの前代未聞の額の恐喝事件が白日の下にさらされ、4月には扇台中学校を卒業していた大矢、赤井、別の中学の後藤が主犯格として逮捕される。

5月までには古川や他の扇台中のヤンキーたち、増田や中村等の先輩らも逮捕され、その数は15人に及んだ。

そのうち大矢と赤井をはじめとした9人は中等少年院に送致となった。


事件の舞台となった扇台中学校はこんな大事件になるまで放置していたとして当然ながら非難の的となる。

それに対する取材や記者会見で同校校長や教頭は記者団の質問に「わからない」「把握していない」などと答える一方で「いじめはなかった」とのたまう無責任ぶりだった。

何を言ってもこの責任を逃れることはできず、6月13日名古屋市教育委員会は当時の校長に減俸、教頭に戒告の懲戒処分が下される。

ちなみに一成の担任教師だった女性教師は3月末に一身上の都合で退職していた。


愛知県警・緑署の対応も問題視しないわけにはいかない。

だいたい1999年7月に神谷親子が緑署に相談に訪れた際に捜査していればこんな大事件にならなかったのだ。

しかも逮捕された大矢がかかわった別の三件の恐喝事件を被害届を受けながら放置していた問題も発覚する。

愛知県警は6月9日、緑署で対応に当たっていた生活安全課少年係長の警部補ら少年事件担当者三人を本部長訓戒などの処分とした。


頼もしい三人の男たちによって助けられた神谷一成はその後専門学校に進学した。

2007年の時点ではきちんとした正業に就いてまっとうな生活をしていたことが報道されている。


一方で、逮捕後の大矢は少年院に入れられ、両親によると大いに反省していたという。

神谷家への賠償も行い、このまま若き日の過ちを反省して生きるかと思われたがそうではなかった。


事件が昔の話になった2006年11月、すでに成人していた大矢の名前が今度は実名で、しかも事件の容疑者として報道される。

同年2月13日に発生した名古屋市南区のパチンコ店で店員が襲撃されて売上金約1200万円が強奪された強盗事件の実行犯として逮捕されたのだ。

しかも四人の犯人の中には大矢と一緒にカツアゲに手を染めて捕まった扇台中のヤンキーも混じっていた。

彼らは少年院退院後さまざまな経歴を経てから再びつるんで悪さを働いたのだ。

大矢は当然実刑を言い渡され、それは懲役6年6月であったが、また悪さをする可能性が高いであろう。

結局クズはクズだったということである。

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2000年・名古屋中学生5000万円恐喝事件~地獄のカツアゲ食物連鎖~ 44年の童貞地獄 @komaetarou

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