第7話 超強力な味方となった大人の男たち
2000年2月、名古屋市緑区の病院に相前後して三人の男たちが入院してきた。
建設作業員の土浦和博(仮名・22歳)、自営業者で某市の市会議員である川瀬毅(仮名・31歳)、大工の井上修(仮名・29歳)である。
三人は入院しているとは思えないくらい威勢のいい男たちで、病室こそ違っていたが、入院中喫煙室で何度か顔を合わせているうちに似た者同士ということもあって意気投合。
入院中はしょっちゅう喫煙室で話をするようになっていた。
2月15日、入院ライフを満喫していた土浦の八人部屋の病室に新しい入院患者がやってくる。
それは中学生くらいの少年だったのだが、彼の姿を見たとたん病室の入院患者は皆息を飲んだ。
顔がボコボコに腫れ、患者衣からのぞく腕や胸には火傷のような斑点がいくつもあるという無残な姿なのである。
そして明らかに何かに怯えた様子をしていた。
少年の名は神谷一成、自分を恐喝している同級生たちに連れていかれたスキー旅行から帰ってくるなり、理不尽な理由でリンチを受けて肋骨を折られたのだ。
彼は仰天した母親に連れてこられて入院する羽目になったのだが、そのような事情はこの時点でまだ誰も知る由がない。
土浦以外は。
リンチされたな。
それも何回もやられてるみたいだから、カツアゲかなんかでだろう。
土浦だけは見抜いていた。
なぜなら彼は未成年だった頃はやっていた側だったからわかるのだ。
父親が暴力団組長である土浦は少年期、順当に非行に走り、恐喝や傷害で少年院に入ったこともあった。
しかし、22歳となった現在は更生し、親と同じ道に進むことなく真面目に働いている。
今では少年時代の悪行を反省しており、目の前の少年の姿はかつて痛めつけた被害者と被って、何となく他人事でない気がした。
土浦を含めた三人がその少年と話すようになったのは、早くも入院初日の夕方である。
三人はいつもどおり喫煙室にいたのだが、点滴をつけたキャスターを引いた少年がその前を何度か往復、そのたびこちらをうかがってきた。
俺たちと話がしたいんだな。
病室は年寄りばっかだし、年上の若い男三人が話しているのを見て加わりたいんだろう。
「おーう、いっしょに話そうや。来いよ」と声をかけると少年はすぐさま反応、土浦らの元にやって来たので、気になっていたことを聞いてみた。
「君、どうしたんだて、そのケガ?」
「ケンカで…」
「えらいボコボコにやられたな!相手何人や?」
「五人…四人までは勝てたけど…最後の一人にやられてまって…」
ウソだ。
この少年は身長160㎝くらいの小太りで、どう見てもケンカが強そうではない。
だからといって一方的にやられたと正直に話すのはプライドが許さないのは三人とも男だから分かる。
だが、土浦はさっき自分が予想したとおりの「ホントはカツアゲされとったんと違うか?」と核心を突くことを聞いた。
少年はビクッと固まって押し黙る。
図星だ。
「まあ、ええわ。話せるようになったら話そうや」とその日は無理やり聞き出そうとはせずに別れた。
その日以降から土浦たち三人はたまり場の喫煙室でその少年、神谷一成といつも話すようになった。
一成もなんだかんだ言って土浦たちと話したかったらしく、自然と喫煙室に来るようになっていたようだ。
しかし、一成は学校のことや自分のことはぽつりぽつりと話すようになったが、カツアゲのことになると口をつぐむ。
「君の気持はようわかるけどな、逃げとったらあかんでな」
土浦同様、父親が暴力団員で十代は荒れていた井上は自分の経験から黙っていてはいけないことを説く。
土浦はかつてカツアゲをしていた側だった経験から「警察にも学校にも言わんと黙っとったらカモになるだけだで」と話した。
「ここにおるのも何かの縁だわ。俺んたみんな一成君の味方だでよ、力になったるて」と川瀬も元気づけたが、一成は恐喝されていることをかたくなに話さなかった。
事態が動いたのは一成が入院してから一週間後の2月22日だった。
この日、いつも喫煙室にやってくる一成の姿が見えないと川瀬が土浦の病室を訪れ、昼寝していた土浦を起こしたのだ。
「ああ、なんか中学校の友達が来て、一緒に出てったよ」
やり取りを聞いていた同じ病室の入院患者がそう言うや、土浦と川瀬は嫌な予感がした。
まさかカツアゲしてるやつらじゃないだろうな。
井上も加えた三人の男たちは病院内を探しまわり、ついに屋上で一成とその友達とやらを見つけた。
一成と一緒にいたのは二人の中学生で、いかにも不良といういでたちであり、うつむく一成をポケットに手を入れて小首をかしげて見下ろしている。
脅しているのは明らかだ。
それを見て頭に血が上った川瀬が「おい!お前らいい加減にしとかんと俺が相手するぞ!!」と怒声を発するや、二人の中学生はビクッとこちらを見た。
大人の男の剣幕にさっきの剣呑な雰囲気は消え失せ、明らかに狼狽した様子で「いや、友達ですよ」「見舞いに来たんです」と言い出す。
「ウソつくな!おい、一成君、ホントにこれんた友達か?」と一成に聞くと「友達です」の一点張り。
これまでさんざん脅してきた本人たちの前で本当のことなど言えるわけない、言ったら後でまたやられる。
頭に血が上った川瀬にもそれは分かったが、双方ともしらばっくれている以上どうすることもできない。
だが、後から来た土浦は違った。
この時、声を荒げることなく勤めて冷静にヤンキー中学生たちに話しかけたのだ。
「君らさ、ちょっと聞くけど、一成君がカツアゲされとるみたいなんだわ。誰にやられとるか知らん?」
中学生たちはかつて少年院に行ったほど荒れていたこともある土浦のたたずまいを見て、ただモノではないと直感。
穏やかに話しているが、にじみ出る自分たちでは絶対かなわない貫禄にたじろぎ、川瀬に対する以上に委縮し始めた。
「ちょっと…わかんないっすね…。別の学校と思います…」
「じゃさ、君らの携帯の番号教えて。分かったら連絡してほしいからさ」
「え…、いや…あの」
「友達言うとったが。なんで協力してくれへんの?…なんで?」
穏やかに話しているが圧倒的な凄みを匂わせる話しぶりの土浦に、背の高い方の中学生、大矢正彦は明らかにビビっていた。
修羅場を大いに潜って来た土浦はこういう奴らの扱い方を熟知していたのだ。
自分たちとはレベルが違う貫禄に抗しきれず、大矢ともう一人はそれぞれ携帯の番号を教えて、そそくさとその場から去って行く。
いくら年上が相手とはいえ、拍子抜けするくらい大したことない奴らだった。
この一連の出来事を目の当たりにしていた一成。
彼の中では三人を見る目、特に土浦を見る目がこの瞬間から大きく変わった。
理屈は簡単、今まで怖すぎて逆らえなかった大矢たちより圧倒的に強い者が自分の味方になっていることを知ったからだ。
これ以降、一成は三人に今まで自分が何をされてきたか、いくら脅し取られたかを話すようになる。
それは2000年の時点で成人だった彼らにとって中学生が犯したとは思えないレベルのものだった。
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