06. 決着

※この物語には、残酷な描写有り、暴力描写有りのタグがついております。ご注意下さい。



 ◆ 8 ◆


「なに、これ」


 サニラは自分の腹に刺さる短剣に手を掛け引き抜こうとするが、深々と刺さった短剣はびくともしなかった。

 力が抜ける。サニラは血を吐き、その場に両膝をついた。


「サニラ様」


 サニラは助けを求め、自分を見詰めるアルカルィクを見上げる。


 しかし。アルカルィクは笑っていた。さも、可笑しそうに。笑いが止まらないとでも言いたげに。にやにやと。


「アル、にい……」


 もはや、サニラは自分の身体を支えることができない。床に倒れ、その身を痙攣させる。ただ、その目だけはアルカルィクを見詰め続ける。


「役に立ってくれてありがとうございます。本当、貴女あなたたち一家は馬鹿ですね」


 アルカルィクは吹き出しながら言った。狂気染みた光をその目に宿し、にやにやわらいを浮かべたまま話し続ける。


「あの日、なぜ百人もの賊たちが気取られることなくイェン国に侵入できたかわかりませんか。わたくしが手引きしたからですよ。全ては私が描いた絵図なのです」

「な、なん、で」


 サニラは懸命に細い声を絞り出した。


「なんで? はあ? え、本当にわからないんですか? まったく、どこまでおめでたいんだか。決まっているではありませんか。この焔国を私のものにするためですよ」

「そん、な……」


「なんです? まだ、信じられませんか? それとも、信じたくありませんか? まあ、私はどっちでも構いませんがねぇ、くひひひっ」

「…………」


 アルカルィクはくるくるとサニラの周りを回り、ときに顔を近づけ匂いを嗅ぎ、ときに足先でつつき、苦しむサニラを眺め回している。


「ずっとね。ずっと、ずっと、ずっと欲しくてたまらなかったんですよ。この焔国が。領主の座が。

 だからね。商人に扮した大唐の密偵に接触して、私から持ちかけたんです。領主を殺し、焔国の富を献上する故、手を貸してくれとね」


 アルカルィクは呼吸困難になるほど笑い転げる。


「いや、本当簡単でしたよ。どいつもこいつもお人好しばかり、人を疑うことを知らないんですから。あまりに簡単過ぎて、なぜもっと早く行わなかったのか後悔したほどです。


 え、その顔はなんです。ああ、手引きした賊どもに居座られ、結局、焔国を手に入れられなかったじゃないかと言いたいのですか。

 くははっ、そんな訳ある筈ないでしょう。こいつらはね、私が飼っていたんですよ。折角なので、焔国だけでなく周辺の都市も手に入れようとねぇ。十三年掛け、周辺の都市の者たちももはや私を戴くことに逆らう者はおりません。


 そろそろ賊たちもいらなくなったので処分するかと思い始めたところでしてねぇ。くくくっ。ちょうど良い時に貴女様が帰ってきてくれたという訳です。

 くははははははははははははっ。最高だ。貴女たち一家は揃いも揃って最高に馬鹿で、お人好しで、私の役に立つ間抜けどもですねぇぇぇぇぇ。くははははははははっ、は?」


 一人得意げに話すアルカルィクの眼前で、突然サニラの身体から煙が立ち昇り、見る見る間に縮んでいく。と、先ほどまでサニラが横たわっていた場所には、一枚の焼け焦げた霊符だけが残された。




 呆気にとられるアルカルィクの耳に、どこからともなくサニラの話す声が届く。


「アル兄」

「なっ、サニラか。なんだ。どうなっている」


 アルカルィクは周囲を見回し、広間に横たわる賊たちの身体を覗き込んでは確かめる。もしや、その内の一人がサニラではないかと考えて。しかし、サニラはそこにはいなかった。


 アルカルィクが姿を隠していた物陰からサニラが姿を見せた。サニラは無事。アルカルィクが刺した筈の腹の傷もない。


「馬鹿な。どうなっている」


 サニラは床に残る霊符を指差す。


「替代術。絵や人形を使って身代わりとする術の応用だよ。ちなみに身を隠していたのは隠身術ね」

「……なぜ、だ」


「決まってるじゃない。貴方あなたがわたしを消そうとするのはわかっていたからよ」

「馬鹿な。そんな筈がない。あり得ない」


 アルカルィクはサニラの言葉を追い出すかのように、激しく頭を振る。

 そんなことをしたところで目の前にいるサニラが消える筈もない。サニラは心底呆れたように大袈裟な溜息をついた。


「はあー、男って本当馬鹿。自分が一番賢いと思ってるんだもんね。

 武術を修行してないっていうのは嘘。ちゃんとした道術を使えないっていうのも嘘。それはもうわかっているでしょう。

 当然、貴方に気を許した振りも芝居よ。死んだ人を見、話ができるわたしが、貴方の行いを知らない訳がないじゃない。最初から全部知っていたわよ」

「なっ」


 サニラは遠くを見るような、悲しみを宿した目をアルカルィクに向ける。


「それでも信じたくはなかった。きっとなにかの間違いなんだって思いたかった。そのわたしの弱さが悲劇を生んでしまった。わたしなら防ぐことができたのに」

「…………」


「今だって、そうなんだ。たとえ、貴方が全ての元凶であったとしても、もし民たちが幸せに暮らしているのなら全てを赦そうと思ってた。

 両親を殺されても、それが焔国のためには仕方がなかったことだと思えたら。貴方の下で、焔国がより一層栄えていたのなら。全てを赦そうと思っていたのに」


 サニラの顔からすっと感情が消えた。あるのは冷たく鋭い目差まなざしのみ。


「貴方が考えていたのは己一箇の利だけ。咎人とがびとよ、なんじがいるべき場所はここではない」


 サニラは一枚の霊符を取り出した。アルカルィクは息もできない。素養のない者にでも感じられる。霊符から漂う禍々しくおぞましい気配を。


 サニラは音を立てて、霊符を放った。アルカルィクは霊符から目が離せない。霊符はゆっくりと宙を漂い、床へと舞い降りた。


 サニラは印を切り唱える、その文言を。


冥府の門よディユーメン開くが良いダーカイあるべき罪人はズェイレンここなるぞザイヂェァリー


 霊符を中心に、深淵の穴が開き拡がっていく。


「ひ、ひぃやぁぁぁぁぁぁ」


 深淵の穴からは冥府の獄卒たちの腕が伸び、次々と賊たちの死骸を闇へと引き摺り込んでいく。


 アルカルィクは腰が抜け、脚に力が入らない。床を這いずり、懸命に逃れようとする。しかし、逃れられない。穴の拡大はあっという間にアルカルィクを呑み込んだ。


 無数の腕がアルカルィクを捕らえる。腕によって引き摺り込まれ、底なし沼がそうであるようにゆっくりとアルカルィクの身体は闇の中に沈んでいく。


「ひぃぃぃ、厭だ。止めて、止めて、止めて下さい。サニラ様、お願いします。どうか、どうか、お助け下さい。ひぃやぁぁぁ、厭だぁぁぁぁ」


 アルカルィクは身も蓋もなく泣きわめき、懸命に助けを求めるが、サニラの冷たい目差しは変わらない。


「咎人よ。汝、永劫の責め苦を受けよ」

「サ、サニラ゛ざばぁ゛」


 アルカルィクは怯え、苦しみながら闇へと沈み込んだ。アルカルィクと全ての賊の死骸を呑み込んだ冥府の門はゆっくりと収縮していく。



 サニラは、髪をまとめている籽玉しぎょくの髪留めを外し握りしめた。


「さよなら、初恋の人」


 惜別の言葉と共に、消えようとする冥府の門へと髪飾りを投げ入れる。サニラの瞳から一粒の涙が零れた。


 門は閉じ、冥府の門も、賊たちも、アルカルィクも、全ては夢のように消え去った。




 ◇ 9 ◇


 サニラは一人、広間でたたずんだ。ただ一人で今までを思い、これからを思って。


 しばし時が過ぎゆき、声が掛けられる。


薩尼拉サニラ


 どこからともなく、白髪白髯の男性が姿を見せた。その男性はゆったりとした道服をまとい、長いあかざの杖を突いている。もっとも、その肌は青年のようにつやつやと張りがあるのだが。


「師匠」


 サニラは男性へとひざまずく。


「成したか」

「はい」


「後悔は?」

「全ては彼岸の彼方へと」

「そうか」


 男性は柔らかい目となり、サニラの頭を撫でた。


「よくぞ、やり遂げた。亡き二親もお前を誇りに思っていることだろう」


 サニラの肩の上でかすかに光る二つの光の玉が喜ぶように舞っている。


「ありがとうございます。全ては師匠のお陰です」

「して、これからをどうする」


 この問いにサニラは低くつぶやくように答えた。


「いずれは西の地に参ろうかと思います。遙か西、世の果てまでも続く大海のほとりがわたしの父祖の地だとか。その地で両親の魂を輪廻へと還そうと思います」


 二つの光の玉は同意するようにまたたいた。


「その前に、この地に暮らす者たちのため地下水路カレーズを修繕せねばなりませんが」


 この発言に男性はきょとんとし、しばし考えぽんと手を打った。


「おお、済まん。言い忘れておった。地下水路ならもう直したぞ」

「へ?」


 男性はぽりぽりと頬を掻いている。


「いや、なに。少々、喉が渇いてのう。鬼神に水をんでこさせようとしたら、水路が塞がっておるから無理だとぬかすもんでな。

 面倒だから、そこらを彷徨さまよう鬼と協力して水路を通すように命じたのじゃよ」

「し、師匠……」


 サニラはなにやらぐったりと疲れた顔になり、肩を落とした。耳を澄ませば、あちらこちらから水が戻ったと喜ぶ声が聞こえてくる。


「師匠。規格外過ぎますぅ」

「いやー、済まん済まん。まあ、良いではないか。これで心置きなく西方へと旅立てるのう」


 頷くかと考えたが、なぜかサニラは渋い顔をしている。


「ん? どうした」

「常識なさ過ぎる師匠が心配で旅立てません」


「おまぁっ」

「とりあえず師匠が昇仙するまで付き合いますって」


 男性は不機嫌そうに眉を寄せていたかと思えば、急に破顔し大笑いした。


「馬鹿弟子めが。よかろう、道はまだ遠いぞ」

「はい、師匠」


 男性は瑞雲をび、二人は雲へと飛び乗った。焔国の人々はその姿を目にし、揃って拝跪する。少し離れた場所では、クィルグィルは額に手をかざし、「姫様」と呼びかけた。


 二人を乗せた雲は焔国上空を一周し、二人は慈雨を降らし焔国の人々に招福の術を施した。


「じゃーねー。皆、お達者でぇー」


 サニラの明るい声を残し、二人を乗せた雲は東土へと旅立った。





 再びの繁栄を取り戻した焔国の人々は、遙か後の世まで言い伝えたという。

 都市まちを襲い滅ぼした悪逆非道の百人の賊たちと、その賊たちを成敗した一人の不思議な姫の伝説を。



   〈了〉

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オアシス都市の死霊姫 墨屋瑣吉 @sumiya_sakiti

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