# 2
*
天乃 凪──
午前六時二十五分、小さく歌を歌いながら見回りと患者を起こしに出かける。
先程、寝坊して超絶焦りました。二人とはあの後別れて、今日の準備をしてもらうよう頼んだ。
病院の廊下の壁に並ぶ、三つの扉の真ん中の扉の前で歩く足を止め、コンコン、と優しくノックする。
返事がしなかったので、心配になりながらも、寝ているかもしれないので、ゆっくりと扉を開ける。いつもならこの時間には起きてるのに……、珍しいな。
……もしかして、と思い扉を開けるスピードを早めた。
部屋の中に入ると、涙を流しながら必死に奏を起こそうとする
「奏ッ……!!」
すぐに患者に近づき、様子を確認する。呼吸は荒く、服は汗で少し湿っている。目は固く閉じていて、眉間に皺ができている。そして、頬には涙の跡があり、今も涙を流し続けている。ずっと魘されていたのか……?!
「あッ、なぎ、せんせ……」
涙を流し続けながら、助けを求めるような目でこちらを見てくる紫音。
紫音。人一倍警戒心が強く、双子の弟である雫のみ完全に信用している。担当医である佑にですら半分にも満たないくらいの信用だ。
そんな紫音が助けを求めてきている。そりゃ、怖いよなあ。初めて“友達”と呼べる人ができたのに失うのは。
わかるよ。
「……大丈夫」
俺はふんわりと微笑み、今にも壊れて、狂ってしまいそうな紫音を優しく抱きしめた。
「大丈夫……絶対、俺が奏を助けるから。だから安心して?」
「ッ……ぁ」
信用していいのか。それがわからず、困惑と迷い、不安が混じった声を出す彼は、本当に儚くて
「大丈夫。必ず救う。だから安心して。
……今、雫がパニックになっちゃってるんだ。今、雫を落ち着かせて、先生を呼べるのは、紫音しかいない。だから頼む。行ってくれ。
絶対に、奏は救うから。〈約束〉する」
「ッや、くそく……わか、った。がんばる。」
先程まで涙を流し続けていた彼だったが、その涙はもう止まっていて、まだ少し潤んでいる瞳は少しだけ光が灯っている。
「っありがとう……!」
俺がそう言うと、彼はこくりと小さく頷いて、双子の弟のもとへ向かい、固まっていしまった雫の手を取って部屋を出ていった。
俺は彼が動いてくれている間、すぐに奏の側に移動した。
「奏?かなでー、起きて!奏!」
少し大きめな声で患者に呼びかける。少しの間呼び続けていると、目が薄っすらと開いた。
ほっとしたのも束の間。
「ぁ、ごめ、な……さぃッ、ご、めなさ……!」
こっちを見たと思ったらすぐに表情を変えて飛び起き、ただでさえ小さい体をさらに小さくして小刻みに震えながら涙を流し、周りの音を遮断するように耳を塞いで言葉につまりながら謝り始めた。
“フラッシュバック”──!
「奏、大丈夫だよ。ここには奏を苦しめたり、辛い思いをさせる人はいないよ!」
奏の瞳は恐怖と闇に満ちていて、まるで俺なんて見えていないようだ。
「
謝るからあッ……いい子にするからぁ……!」
『 ごッ、 ごめんなさッ、 ごめんなさい……!
無能で、役立たずで、 ごめんな、さい……! 』
自分の昔の記憶が蘇る。手が、震えている。
「ぁ……ッ」
頭が真っ白になって、何をすればいいかわからなくなる。
『無能』
『お前なんか生きてる価値ねえんだよ、死ね』
『この役立たずッ……!』
「ッ……!?」
僕は奏を救えない……?
いやだ。絶対に救うんだ。もう失いたくない。でもどうすれば?どうしよう、どうしよう──!
突如、肩に温もりが伝わった。
「大丈夫」
「ッ……ゅう……」
「今、奏を救えるのは凪、お前しかおらん」
佑……?なんでッ……紫音が呼びに行ってくれたのか?僕が「先生を呼べるのは紫音しかいない」って言ったから……!
何も言えない僕。そんな僕を美しく淡く光る、黄と黒の瞳でまっすぐと僕を見つめる佑。
……そうだよね、佑。
俺は深呼吸をし、奏の対応に入る。
「奏、大丈夫!」
はっきりとした大きめの声で話しかける。
「奏、こっち見て。先生だよ!」
俺は下を向いていた奏の顔を少し上げ、床にしゃがみこんで、彼の顔をしっかりと見て言った。
「ぁ……ひュッ──はあッ──!」
「奏、ここは病院だよ。奏のことを苦しめる人も辛い思いをさせる人もいじめる人もいないよ!」
彼の瞳に少し、ほんの少しだけ光が宿った。
「せ、んせ……?」
「うん、先生だよ。聞こえる?」
奏からの返事はない。苦しそうに顔を歪ませ、こちらを涙目で見つめている。
「奏、吸って……吐いて……」
ジェスチャーで深呼吸することを伝えると、少し苦しそうにしながらも少しずつ深呼吸をする。
「うん、上手。その調子」
少しずつ呼吸が落ち着いてきた。
「はぁッ、ふー……げほっ、すぅー……はぁー」
目に涙を溜め、頑張って深呼吸をする奏。良かった、助かった、救えた。
「えらい、よく頑張ったね」
優しく、柔らかく微笑みかけ、頭を優しく撫でてあげる。
「んっ……せんせ……ッ」
涙を流しながら俺に抱きついてくる奏は、儚くて、優しくて、少し力を入れただけで壊れてしまいそうだった。
「ぁ、りが、とぉ」
そう言ってにまっと笑う奏。かわいい……。
少しは……
「……ねぇ……せんせ……?」
奏が心配そうな顔で俺の顔を見つめる。まだ、不安なことがあるのかな?全部、安心して吐き出しちゃっていいのに……。まだまだ、だな、俺。
「どうしたの?」
奏と同じ目線になり、ふんわりと微笑む。まだ落ち着いたばかりだから、びっくりさせないようゆっくりと。
「なんで……──」
「泣いてるの……?」
「…………えっ……?」
ここで始めて、俺は自分の頬に涙が通っているのに気づいた。
生 き る こ と . 悠 @monana70
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